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月灯りの下

闇の世界に差し込む光を追い求めて

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有意味 or 無意味

"              "

アイツの声が、頭に響く。鬱陶しい事この上ない。
空はあんなにも綺麗で、爽やかで、広くて、

『……遠い』

そんな空さえも鬱陶しく感じて、

『………チッ』

俺は寝返りを打って目を閉じ、視界を暗くした。



「時崎~!」
「はい?」

授業が終わった後、教室を出て行く僕に先生が声をかける。
僕は何かをした覚えはないから、要件の内容は大体は予想がつく。

「黒宮のことだが……」

やっぱり。

「連絡がないんだが、何か聞いてないか?」
「僕のところにも連絡はしてきませんよ、黒宮さんは。でも、靴は見かけたから、学校には来てると思いますが」
「そうか、お前なら心当たりがあるだろう。悪いが、見かけたら職員室まで来るよう言ってくれないか?」
「わかりました。見かけたら、伝えときます」
「助かるよ。しっかし、時崎、先生はお前を尊敬するよ。……あいつも昔は真面目な奴で優秀だったのにな」

呆れたような、理解できないとでも言うような、ちょっとバカにした感じを含んだ物言い。
僕はちょっとムッとして、
「先生、騎暖は今でも真面目だし、努力家ですよ。確かにちょっと問題はありますが、彼女はいい子です」

強気で言ってしまった。
先生もそれにたじろいだらしい。
「あ、あぁ、そうだな。それじゃあ、頼んだぞ」と言って、そそくさと職員室に帰っていった。

「……先生に対してあれはなかったかな」

先生の背中を見送りながら僕は少しだけ反省して、屋上へと足を運ぶ。先生に頼まれずとも、もともとそのつもりだったんだから。
それにしても、先生もあの言い方はないと思う。

確かに、騎暖は先生の言う、すごく真面目で優秀な子だった、と聞いている。
授業も休んだことなんて一回もなかったし、テストの成績だって必ず3位以内には名前を出していた。
成績表だってほぼオール5。
これを僕は聞いたとき、純粋にすごいと思った。
天才なんて砂漠の砂の中の宝石だ。だから、努力家なんだなって、そう思った。

それでもある時を境に―確か、テストで1位をとった後、と聞いた覚えがある―彼女は授業を休みがちになった。今も出席日数はギリギリだ。
僕はどうして行き成り授業に出なくなったのか、その理由を知らない。
けど、僕だって知っていることはある。

騎暖は人が苦手で、教室にいるのも億劫で、それでも彼女は授業に出ていない分、自分でちゃんと勉強している。
そして、テストでは未だに10番内には入っている。
授業に出ていない分、勉強は大変だと思う。
僕もたまに教えてくれとは頼まれるが、本当にたまにだ。
先生が教えてくれるテストの情報のことなんて一切聞いてこないし、教えようとすると断固断られる。
それはきっと彼女なりの誠意なんだろう。
だからこそ、かなりの努力が必要だと僕は思う。
僕は深呼吸をし、目の前に現れた屋上へと繋がる扉を開け、彼女がいるであろう場所へと進んだ。




「……騎暖?」

見つけた彼女は珍しく、空を見る仰向けの状態ではなく、横向きに寝て丸まっていた。
まさか、どこか悪いんだろうか?
不安になった僕は彼女に飛びついて、肩を掴み揺らす。

「騎暖!騎暖ったら!」
『……拓人?』

眠たげに開けられ、僕を見る瞳はいつもと同じで。

「よかった、心配したじゃないか」
『……何が?』
「いつもと寝方が違ったからさ、どこか悪いのかって心配した」
『…………そう』

そこで僕は気がついた。
起き上がった彼女の伏せられた目は、いつもの瞳なんかじゃなかった。
不安そうで、寂しそうで、危なげに揺れている。

「何か、あった?話、僕でよければ聴くよ?」
『…………』
「あ、でも無理には――――――」
『たまに、』

僕の言葉を遮って、彼女は口を開いた。
僕はそのまま口を閉じ、耳を傾けるだけにする。


『たまに、思うんだ。――――――自分は今、何でここにいるんだろう。自分は今、何でこんなことをしてるんだろうって』

『本当は、こんなとこにいたいんじゃない、こんなことしたいんじゃない。それでも、今更止めることなんてできなくて』

『一体何に意味があって、一体何に意味がないんだろう』

『そもそも、この世界に、意味のあるものなんてあるのかな』


気持ちのいい風が、僕たちの髪を揺らして行く。沈黙を流す。
今日は本当に空が綺麗だ。彼女がサボって屋上に来るのもわかる気がする。
そんなことを思いながら、空を眺めたまま僕は口を開いた。

「やっている事に、きっと意味なんてないんだと思う。意味があるかないかは、その物事が終わった後に、見えてくるものだと思うから。
 ほら、校則とか、きちんと守ってから"これは意味がない"とかっていう文句を初めて言うことが出来るだろ?
 それは、そういう行為をやってから初めて、本当に意味があるのかないのかわかるからなんだよ」

さっきよりも短い沈黙の後、今度は彼女が口を開いた。
自嘲を含んだ声が響く。

『……そっか。じゃあ、やっぱり、俺がやってきたことに、あいつが言ったように、やっぱり意味なんてなかったんだな』
「誰が言ったのそんなこと!?」
『……ッ』

僕はその言葉にはじかれたように、隣に座っている騎暖を見た。
驚いた顔をしてる。

『行き成りなんなんだ、驚かせるな』
「だって……!」

僕はそこまで言って、言葉を呑み込んだ。
ダメだ、ここで熱くなっても意味がない。落ち着かないと。
僕は浅めの深呼吸をしてからもう一度、飲み込んだ言葉を出した。

「誰に言われたの?そんなこと」
『………アイツ』
「"アイツ"って……。ハァ、君のお父さんには悪いけど、僕、今すぐ殴りに行きたくなっちゃったよ」

親のことを"アイツ"と呼ぶのは正直、感心しない。
けど、彼女の家はよくはわからないけど、色々と厄介らしい。彼女も寂しい思いをして、今に至るんだと思う。
何に対してそう言われたのか知らないけど、実の親だろうと言っていいことと悪いことがあるだろうに……。

『アイツのことはどうでもいいけど、何でお前がそんなふうに怒るんだよ』
「何でって、君を傷つけたからに決まってるだろ?」
『………決まってる?』
「うん、だって僕は、君を守りたいから」
『………』

彼女の事情は全くといっていいほど分からない。でも彼女が言わない以上、訊こうとも思わない。
それでも、わかるんだ。なんとなくだけど。

彼女は本当は寂しがり屋で、恐がりで、泣き虫で。
今の彼女は、そんな自分を守るために身に付けた防衛手段。

だから、そんな傷だらけの君を、僕は守りたいんだよ。
傷つけようとするモノから、これ以上君が傷つかないように。
君が傷ついたのなら、せめて少しだけでもいいから、その傷を癒せるように。


「いいかい?騎暖。確かに、やってたことに意味がないことだってあるよ」

「僕たちはまだまだ子どもだ。だから、きかなきゃいけない親の言うことの中にだって、さっき言った校則にだって、意味がないと思えることなんて腐る程ある」

「それでも、君が君の意志でやってきたこと、君が頑張ってやってきたことに、意味が無いだなんてありえない」

「君が一生懸命やったこと、頑張ったことは絶対無意味になんてならないから」
 
「たとえ終わった後に意味がなかったと思っても、気付かないどこかで意味あるものになって、君の力になってるから。だから――――――」

「だから、そんな、それこそ無意味な言葉に傷つかないで」


彼女の大きく見開かれ、揺れている瞳を真っ直ぐに見つめる。
そんな君のことを何も知らないような、知ろうとしないような言葉に、これ以上傷つくことはないんだよ。

『……別に、俺は、傷ついてなんかない』

「バカ」と言いながら、騎暖はちょっと拗ねたような顔で顔を背ける。
あ、照れてる。バカはちょっとヒドイ気がするけど、それも彼女の照れ隠しのひとつ。可愛いな~。

「そう?ならいいんだけどさ」
『……………でも、あ、ありがとう』
「どういたしまして」

不器用な彼女が可愛くて、クスリと笑うと、『笑うなバカ!』と頭を小突かれ思わず「いたっ」と言う声が漏れる。
それでも、彼女がいつもの調子に戻ったのは嬉しい。
僕は空を見上げた。
まだ照れているらしい、仏頂面のまま彼女も瞳を空へと向けた。


嗚呼、空はあんなにも綺麗で、爽やかで、広くて、

『……眩しい』



寂しがり屋で、恐がりで、泣き虫で、独りぼっちな君
どうか独りで傷つかないで
どうか独りで悲しみを殺さないで
その傷を
その悲しみを
どうか僕に殺させて

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祭り効果

『9月になって浴衣の時期も過ぎたのに、何で祭りなんてあるんだよ』
「いいじゃん、まだまだ暑いんだし。それに祭り楽しいじゃんよ」

みなさん、こんにちは。お久しぶりの秋木海です。
夕日の中、並んでブドウ飴を齧りながらも文句を言うのは、俺の友達、夜凪嵐。
今日は近くであった祭りに来てます。

「っていうか、ブドウ飴美味いだろ?」
『……まあな。でもこれ、皮のまま飴付けされてんじゃねェか。どうすんだよ?』
「んあ?皮?俺はそのまま食べちまうけど?」
『たべ……っ!?皮食うのかよ!?』
「結構美味いぞ。味がしっかり滲みてて」
『滲みててって……』
「まあ、確かに?ブドウの皮なんて出すのが普通だよ、うん。
でも俺は結構めんどくさくて、そのまま食っちまったりするんだよ、うん」
『このめんどくさがりめ……』

とは言っても、祭り会場だからといってそこらじゅうにゴミ箱があるわけでもない。

『…………』

結局こいつも、食べることを選んだらしい。
顔をしかめつつも、しっかり咀嚼してゴクリと飲み込んだ。

『……』
「な?食えないわけじゃないだろ?」
『………確かに』
「はっは~!!だろ!!」
『何かムカつくんだけど』



その後も、俺は嵐と会場を巡りに巡った。(別名:引っ張り回した)
食い物関係がやっぱり多いが、祭りだから珍しいものもあるわけで。
珍しいことに、嵐も結構興味あるみたいでキョロキョロしてた。

「お、カキ氷!!嵐、お前食べる?」
『いや、俺はいい』
「そうか?んじゃ兄ちゃん!!カキ氷ひとつ!!」

そのカキ氷の屋台には、色とりどりのシロップが並んでいる。
自分で好きなものを好きなだけかけられるセルフタイプ。
俺はカキ氷屋の兄ちゃんから、氷が入ったカップを受け取る。

『ヘェ、最近は自分でかけるのか。それにしても、シロップの種類も増えたな。イチゴ、レモン、メロン、ピーチ、マンゴー、ブルーハワイ、オレンジ』
「最近はこういう屋台ばっかりだぜ?」
『ふ~ん。で?お前何かけるの』
「フッフッフ、俺はだな~」

そう言いながら、俺はシロップのレバーをひねる。片っ端から。

『おまっ、何やって……』
「え、なになに?夜凪くん、引いてるの?引いちゃってるの?最近はこれが流行りなんですよ~」
『流行ってお前……』

ちらりと嵐は他の人を見る。
俺はカキ氷に手を付け始める。早くしないと溶けちまうからな!

『多くても3色じゃねェか。しかも、ちゃんと部分分けしてるぞ』
「溶けりゃ混ざるし、下の方でも混ざってるんだから一緒だろ?うっわ、頭にきた、キーンって!!それにせっかくフリーダムなんだからかけなきゃ損損!!」
『限度があるだろうが。何だその色は』
「確かに色は悪いかもしれん!!でもさっきのブドウの皮然りだよ、夜凪くん!!味は悪くない」
『いや、ブドウの皮もさすがにそれと並べられたくない思う』
「う~、頭に来るぜ!!でも、やっぱ溶けるの早いな。嵐も食べてみろよ、騙されたと思ってさ」
『食べるも何も、ほとんど液体じゃねェか。"騙されたと思って"って、こんな色した奴には絶対騙されない』
「細かいこと気にしなさんなって!!」
『んぐ……っ!!』

騙されてくれない嵐に、俺は強行手段に出た。
そう!!無理やり飲ます!!!

『ゲホッゴホッゴホッ…………海、テメェ』
「な、美味かったろ?」

にっこり笑う俺に、にっこり笑い返してくれた嵐。
そうか!!やっぱり美味かったか!!
……と、思った矢先、俺は頬を摑まれてひょっとこ状態。
笑っていた嵐の目がすわってる。
俺の目の前に、鬼がイマス。

『美味いわけねェだろ、行き成り流し込まれてよォ。テメェ何が強硬手段だ、あ゛ぁ゛?』

嗚呼、俺の心の声は駄々漏れですか。

「ひひゃ、しゅみましぇんえひあ。ろういえおらんひゃまあやましゃええくえなあったからちゅい」
(訳:いや、スミマセンデシタ。どうしても嵐様が騙されてくれなかったからつい)
『何言ってるのかわかんねェんだよ。喧嘩売ってんのか、テメェ』

いや、それはあなたのせい……、っていうか心の声は聞こえたのに、この声は届かないんデスカ(泣)

「そこのお二人さん!!仲いいね~!!」
『あ?』「はへ?」

声のした方を見てみると、そこには射的の屋台とそこの親父。

「どう?彼氏、やってかない?彼女にいいとこ見せるチャンスだよ!」
『"彼女"?』
「あ」

嵐は、ようやく俺から手を放し、射的の屋台へと向かう。
ヤバ、嵐の禁句言っちゃったよ、あのおっさん!!しかも油に火を注いじゃったよ!!や、違った"火に油を注ぐ"だった!!どっちにしろ危険だよ!!

『おっさん、俺がやるわ』
「お、彼女の方がやるのかい?おまけしてあげるから、頑張ってね」

そう言って嵐から金を受け取り、普通よりも多くコルク栓が乗った皿を渡す。
ちょ、おっさん気付いて!!その子、男の子だから!!まごうことなき男の子だから!!女顔って言われるけど、誰よりも男らしい子だから!!

『あぁ、頑張るわ』

あ、ダメだわ。もう笑顔が真っ黒だもん。悪魔だもの。般若通り越して悪魔になっちゃってるもの。
おまけしてくれたけど、それだけじゃ揺らがないもの。恩を仇で返しちゃうよ、あの子。や、最初に爆弾投げてきたのあの人だけども。

『片っ端から、でいいか』

その宣言通り、嵐は一発も外すことなく片っ端から落としていく。
おっさんも、他の人もあんぐりだ。
そりゃそうだよね、台から乗り出すことなく普通に撃って普通に落としてるんだもんね、ビックリだよね。

だが、最後の一発。
当たったのは、並べられた景品ではなく――――――、

『あ~、危ねェよおっさん。そんなところでぼさっと突っ立ってたら』

ぼおっと次々と落ちていく景品を見つめていたおっさんの米神。

『ぼおっとしてねェでさっさと袋入れてくれる?』
「……鬼だ;」




「……いやいや、上手くね?上手過ぎね?祭りなんてほとんど来たことないって言ってませんでしたっけ?何?君はいくつ天から才能授かってんの?」
『集中すりゃあたんだろうが』
「いや、無理です」

太陽もすっかり沈み、辺りは数少ない祭り提灯の灯りだけだった。
俺たちは人が少ない神社の石段に座り、射的で嵐が取った戦利品を食べていた。

『重いのなんて、あんなちっこい弾で取れるわけがない。こういう軽いもんの重心避けて打つのが一番いいんだよ』
「そこを狙って当たってるところがすげーよ」

嵐は手に持ったお菓子を振りながら説明する。
袋の中にはお菓子ばっか。
確かに一番取りやすいものではあるが、まさか全弾命中させて、それを全部落とすとは……。

『しっかし、あのおっさんの顔は最高だったな』
「……鬼」

俺がポツリとこぼした言葉は、打ち上がった花火によって掻き消された。

「お、花火の時間だ。たっまや~」
『……綺麗だな』
「珍しい感想」
『……今日は楽しかったから、そのせいだ』

本当に珍しい。
素直なコイツはレアキャラだったりするわけで。

「じゃあまた来年も来ようぜ!!」
『それは、来年も彼女がいないこと前提だけどいいのか?』
「こういういい場面で、そういう哀しいこと言うなや~ッ!!」
『フフッ……アハハハハッ』

嵐が笑い出した。
本当に、珍しい。これも祭り効果というやつか。
なんだか俺も可笑しくなってきて、遂には二人で笑い出した。
夜空には花火が咲き誇っていた。

残されたカード、それは

『さようなら……ご主人様』


"的"から流れ出す温かな液体は、この暗闇の中での色は所詮、黒。
もっと醜い色でもいいけれど、こいつにはその色がお似合いだと思う。

まあ、人のことは言えないんだけども。


『で?あなたは何の用で来たんですか?自殺志願者ですか?』


この部屋にあるたった一つの扉。
人の気配はずっと前から感じてた。
でも邪魔する様子も無かったし、なにより―――――

          ニオイ
どちらかというと同じ気配を感じていたから。


「まっさか~、こんなところでそんな奴と並んで殺されるなんて、それこそ死んだ方がマ・シっ」

しっかし、バレてたか~参った参った、とさして参っていないような声と共に扉が開く。
入ってきたのは、声からして女。
私は振り返って、立ち聞きをしていた行儀の悪い来訪者と対峙した。
私よりは年上、だろう。


『……この人の事を、知っているようですね』
「知ってる知ってる。自分好みの女を見つけては自分の屋敷に無理やり連れ帰り、まあ、好き勝手やってたクソオヤジよね。私も知った時は虫唾が走ったもん、華の女だし?だから絶対盗んで盗んで盗みまくって、明日は自分の保険金で生活しなきゃいけないぐらいジリ貧に追い込んでやろうって決めてたの」


そう、だから私は依頼を受けた。
この地獄のような屋敷に運悪く閉じ込められてしまった、ある女性に。
この屋敷に潜り込んで、そのことはよ~くわかった。
この人の言う通り、虫唾が走った。プラスアルファとして殺意も走った。
こんなに殺し甲斐のある奴は久しぶりだった。

そんなことより、気になるのが、この人が口走った言葉。

         ドロボー
『なるほど、貴女は怪盗屋さんでしたか』
「あ、言っちゃった。……ま、しょうがないか。そう、私は怪盗屋。怪盗God-sent child of wind」


God-sent child of wind――――――"風の申し子"。
最近巷で噂になってる怪盗屋。
ポ リ ス
警察屋も手を随分と焼かされているらしい。


『いくら戸締りをしようと、鍵をつけようと、警備をつけようと、風のように入り込み、気付かれないまま盗み、風のように捕まえることができずに去っていく』
「わあ、嬉しい!私のこと知っててくれたんだ!確かに、そういうふうに言われてたんだけど、盗む前にあなたに見られちゃったからね~。こんなの初めて。"気付かれないまま"は捨てなくちゃ。」


何でこの人はこんなに嬉しそう、というか、楽しそうなんだろう。
そして、うるさいほどよくしゃべる人だ。


「それにしても、坊やも大変ね~。女と間違えられて、こんなところに連れてこられるなんて」


どうやら私を男と認識したらしい。
この部屋の暗さ、そして私の声を考えると、仕方が無いことだと思うし、こちらとしては好都合。
微かに、"風の申し子"の雰囲気が変わる。


「まあ?その方が貴方にとっては好都合、というか、狙いだったんでしょ?仕事のためとはいえ、女装までして大変ね――――――Bloody Fairy、くんッ!!」


言い終わるか否か、どちらが先か、私目掛けて何かを投げ放った。
雰囲気が変わったことから、何か仕掛けてくることは分かっていたので難なく避ける。
そこに刺さったのはタロットカード。
……ただ、普通のタロットカードと違うのは、かみそりの刃のようなものでできているという点。


『"Bloody Fairy"?何ですか、それは』
「あら?あなたの名前じゃなかったの?人間には助けを、邪な者にはその人にあった死を届ける、冷徹な妖精……殺し屋Bloody Fairy」


Bloody Fairy……血濡れた妖精、ね。
そんな名前、名乗った覚えはないし、警察屋には同じ人間が殺しているとはバレていないはずだけど……、

<へぇ~、あんたまるで妖精みたいなことしてんのな>

それに似た感想は一度聞いた覚えがある。


『……それ、誰から聞きました?』
「探偵屋さんよ。その男の事について教えてもらいに行った時にちょろっとね~」
『あの男……』


頭が痛くなってきた。
探偵屋と聞いて思い浮かぶのは、ただ一人。
でも、約束が違う。
どうやら破られたらしい。
おまけに勝手に名前まで付けられて……、迷惑極まりない。


『で?行き成り何するんですか』
「あら、先にそっち聞かない?普通。……私はその男が結構溜め込んでるって聞いたから来たんだけど、この状況は想定外。私、こう見えて礼儀正しいから、色々頂いた家にはタロットカードを残してるの」


ちらりとタロットカードを見せる。
今度は紙製の本物のタロットカード、柄は悪魔。
なるほど、欲望に身を任せたこの男にはピッタリだ。


「だから、警察屋はここの盗みが私の仕業だって分かる。でも、そっちはそうじゃない。このままじゃ、私が殺人の罪を着ることになってしまうわ」
『だから?』
「だから、このままここに残って、警察屋に捕まって、それは私の仕業じゃないって証明して欲しかったんだけどな~」


そんな無茶苦茶な。


『お断りします。警察屋も、そこまで間抜けじゃないのでは?貴女がいつも盗みしかしていないなら、疑うこそすれど、証拠がないんだから罪は着せられない』
「そんなのいくらでもでっち上げられるじゃないのよ!!それに貴方、自分がやったっていう証拠は何も残さないで綺麗な仕事するくせによく言うわよ!!」


殺し方には2通りある。

――――――自殺に見せかけるか、他殺に見せかけるか。

どちらのやり方も、同じぐらいやってきたが、どちらにしても、自分に辿り着かせる証拠は残さない。
殺すまでにはいかなくても懲らしめたい奴がいたら、そいつが殺ったように証拠を残す方法はまさに一石二鳥。
それが、私の殺り方。


『だからと言って、私も捕まりたくはないんですけどね。それに、もう一つ、いい案がありますよ?――――――あなたがここに残って殺ったのは自分じゃないと弁明すればいい』
「ッ!!」


私は"風の申し子"の懐に入り込み、背中に吊っていたナイフを振るう。
彼女はギリギリのところで避け、入ってきた扉とは反対側の壁にある窓の方へ逃げた。
さすがと言ったところか、警察屋から伊達に逃げ回っていない。思ったよりすばしっこい。

「あっぶな!!ちょっと!!刺さったらどーするのよ!!死んじゃうじゃない!!」
『安心してください、殺しはしません。あなたが自分の潔白を証明できる程度には余裕を持たせます』


私の表情は無表情。
彼女の表情は引きつった笑い。


「……こっわ~。私の口も封じるつもり?さすがは"Fairy"、速いじゃない。お陰でスカーフが切れちゃった。お気に入りだったのに~」
『ご愁傷様です。が、先に仕掛けたのはあなたですから』
「む~、無傷だったくせに~。それに、拳銃じゃなかったの?あなたの道具」
『誰がいつ、そんなこと言いました?拳銃は少なからず音がする。余計な"仕事"には、こっちの方が向いています』
「……ハァ、わかったわ。貴方が殺ったってことは警察屋には黙っとくし、誰にも言わない。だから、見逃してくれない?」
『……別に、私は最初から貴女を殺すつもりなんかありませんでしたから。大人しくしていてくれれば、ですがね』


降参、というように両手を挙げた"風の申し子"を見て、ナイフを収めた。
余計な"仕事"はしたくない。
余計なことをすればするほど、痕跡は残りやすくなる。それは避けたい。
それに、窓からしか採光がないこの暗闇の中、私の顔はろくには見えていないだろうし、彼女が垂れ込んだだけで捕まることは絶対にないと言える自信はある。


「でも、盗みは今回は諦めるわ。私だって命は惜しいし、盗みだってまだまだしたりないし。それに、この男の姿を見て、来る前の気分も晴れたしね。私はこれにて失礼するわ。また逢いましょうね、Bloody Fairyさん」
『できれば、もう二度と会いたくありません』
「せっかくのお仲間なんだし、冷たいこと言わないの~!」


そう言って彼女は私に背を向け、窓に走りより躊躇なく飛び降りた。


『警察屋に追われている仲間なんて嫌ですし、そんなものいりません』


私の言葉は彼女を追い、私自身はそれを追わず、床に突き刺さったままの鉄片に近付き、抜く。
――――――"風の申し子"が残していったタロットカードだ。


『……これは、カードの意味は関係ないんでしょうね。まったく、なにが"Fairy"だ』


私はそのカードを仕事鞄の方に仕舞い、扉からこの部屋を後にする。

閉めた扉が発する音を、どこか遠くで聞いていた。


今日初めて会った女が残していったカード、それは――――――


死神

(取り敢えず、会いたくもないあの男に会いに行く必要ができてしまった。)
(それでもまずは帰りたい。)
(こんな"血塗れた"私を待っていてくれる彼女の元へ――――――)

Ugly color

上手く言葉にできない想いと


上手く整理できない気持ち


叫ぶこともできず、吐き出すこともできず


行き場のない2つの想いと気持ちは混ざり合い、



醜い色に成り果てる




(綺麗な色に戻す方法を)

(俺は知らない)

只今、張込み捜査中!

「オイッ、止まれ!!」
「ハッ、止まれと言われて止まるかバーカ!!」

夜の暗い路地をベタ過ぎる応酬をしながら、男の背中を追いかけて走る。

どうも、初めまして。
俺は、新米刑事・秋木竜志。

「ンのッ!!」

ただいま逃走中だった強盗集団の一人を追跡中です。
……って、暢気に自己紹介してる場合じゃない!
この暗い路地の道に慣れているのだろう犯人は、すいすい進んで行ってしまう。


ヤバイ!早く捕まえなければ、俺が先輩に殺される……ッ!!


男が曲がった路地を俺も追って曲がる。

「チッ!まだ追ってくるのかよ!」

俺が追ってくるのを確認した男はそう吐き捨てたが、前に視線を戻した時に目に映ったものを見て、きっとチャンスだと思っただろう。
男の目の先には、コンビニの袋を手にぶら下げて、キョロキョロと辺りを見回す少女。

「オイ、そこのガキッ!!」
「?」

男は少女の首に腕を回し、頭に持っていた拳銃を突きつける。
少女が持っていたコンビニの袋は、重力に任せて地面に落ちた。

「オイ!止まれェ!このガキがどうなってもいいのか!!」
「ゲッ」

男はこちらに振り向き、勝ち誇ったような顔をしている。
俺の顔はきっと"顔面蒼白"ではなく、"顔面白白"になっているだろう。


やってしまった。


「ハッ!いいか、こいつの命が惜しけりゃ追ってくるんじゃ――――――」
「おい」

男に銃を向けられていた少女が口を開く。
そのことで男の気が逸れた。


嗚呼、もう終わったな、


「あ?」
「誰が―――――……」


あいつ
犯人と、


「ガキだ――――――――――ッ!!」


俺―――――


左手で頭に突き付けられた銃を持つ男の右手首を、右手で男の胸倉を掴んだ少女は、腰を落とし勢いをつけ、
そのまま背負い投げを決めた。
本当なら、ここで左手は離してはいけない、

「ちょ、ま……ッ」

……はずなのだが。

「ギャ―――――ッ」

あろう事か、少女は俺目掛けて男を投げつけた。

「ふぅ、まったくいきなり何するんだ」
「それはこっちのセリフっスよ、」

少女は体に合わない、少し大きめのロングコートの埃を払う。

「先輩」

男の下敷きになったままの俺を、少女が鋭い目で睨む。

「うるさい。犯人に逃げられた奴が何を言うか」
「……すいまっせーん」

それを言うなら、張り込み中に腹が減ったとコンビニに行っていた先輩にも非があると思うが、後が恐いので黙っておく。

この人は、俺の先輩兼上司である女警部・水成詩夢。
先ほどから"少女"と言っているように、身長は150cmぐらいで本人も気にする童顔だったりする。
しかも年齢不詳ときているものだから、たまに自分より年下じゃないのかと疑いたくなる時もある。

先輩は溜息をつくとコンビニの袋を拾おうと腰を落とした。
……というか、助けて欲しい。
男は伸びてしまったらしく、動かない。
その時「あーッ!!」と先輩が悲鳴をあげた。

「わ、私のパフェが……」

コンビニの袋から覗くのはコンビニに売っているこじんまりとしたパフェが容器の中で哀れな姿になっていた。
というか、

「何で張り込み中にパフェ買ってくるんですか。定番は焼き蕎麦パンとかそんなのでしょ。せめてもうちょっとお手軽に食べれるモンにしましょーよ」
「うるさい!!私が食べるものは私が決める!」

先輩はコンビニの袋と拳銃を拾い上げ俺に近付き、懐から出した手錠を男にかけて時計を確認する。

「……2時18分、犯人確保。秋木、車に連れて行くぞ」
「うーっス、って先輩何してんスか?」
「んー?……おお、あったあった」

ようやく男の下から這い出した俺は見てしまった。
犯人の懐をまさぐって引き抜かれた先輩の手には財布が握られている。

「ちょ、先輩!?」
「パフェの弁償代だ。きっちり返してもらわんとな」

財布から金を抜きながら「チッ、湿気てんな」と呟く先輩は鬼だと思う。
そもそも、湿気てなかったら強盗なんてしないだろう。
そんなことを考えてると僕の目の前にコーヒー牛乳が差し出される。

「先輩、これ……」
「ん?コーヒー牛乳。これはさすがに無事だったぞ」
「え、いやいや!そういうことじゃなくて!」
「好きだろ?」
「……いいんですか?」
「私、嫌いなんだよね」

つまりそれは俺のために買ってきてくださったという訳で……


前言撤回します。
いい人だ、この人……ッ!!


……まあ、犯人の首根っこ掴んでなければ、だけど。

「よし、じゃあ署に帰るよ」
「あ、はい!」

先輩はそのままズルズルと犯人を引きずって歩き出した。

「・・・・・・・・・・せんぱーい、そっちじゃないっスよー。車」
「・・・・・・・・・・さっさと案内しろ」

先輩は結構な方向音痴だったりする。
さっきもコンビニ行った帰り道に迷って犯人に遭遇したんだな、きっと。

「こっちっスよ」

俺は苦笑しながら先輩を車まで誘導した。

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