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月灯りの下

闇の世界に差し込む光を追い求めて

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それもこれも君を好きなせい

彼女と同じクラスになったのは高校1年の時。第一印象は目立たない真面目な大人しい子。そして頭もいい子だった。でも3学期に入った頃だったろうか。彼女はあまり来なくなった。頭がいいのに、変な子だと思った。
 文化祭、俺はクラスリーダーになってしまった。しかし、皆準備作業を嫌って手伝わなかった。俺だって夏休みを潰してまでやりたくはない。それなのに、彼女はちゃんときて手伝ってくれた。

「嫌じゃないの?」

 そう訊くと、

『別に、嫌じゃない。嫌って思うと嫌な事になるから、嫌じゃない。それに、一人じゃないから』

 そう言った。





『寒っ』

 学校に着いて早々、騎暖は屋上に来ていた。

(やっぱり雪が降った分いつもより寒いな)

 色素が薄い空に、昇った太陽が色を与えていく。昨夜雪が少し降ったせいで、いつもに比べ余計に寒さが肌を刺す。季節柄、流石に屋上で過ごすことは出来ないため騎暖は教室以外の学校内で時間を潰すことがほとんどだった。とは言え、必ず屋上には顔を出してはこうして空や町並みを眺めている。

(今日は資料室を借りよう)

 屋上から雪でぼんやりと白く染まった街を一望しながらそんなことを思っていると、屋上の扉が開く軋んだ音が耳に届いた。振り向くとそこには見覚えのある男子生徒が顔を覗かせていた。

「あ、ほんとにいた」
『……あなた、確か――――――』

 1年の時に同じクラスで、1度ぐらいは会話をしたことがあった気がする。彼とはその程度の付き合いだった。確か名前は、

 わかくさ
『若草、くん……?』
「名前、覚えててくれたんだ。嬉しいな」
『……何か用?』
「あ、黒宮、さん……その、ちょっと、後で話しがあるんだけど、いいかな?」
『いいけど、後って?』
「あ、うん、放課後とか……大丈夫?」
『……うん。多分図書室の隣の資料室にいると思うから』
「わかった。じゃ、じゃあ、また後で……」
『うん』

 彼はそれだけ言い残すと怖ず怖ずと帰って行った。
 残された騎暖の頭にはクエスチョンマークが躍っていた。かといってオドオドした話し方に疑問を抱いているわけではない。ぎこちない話し方には慣れている。あまり教室には顔を出さないくせに出た授業はとても真面目に受けるという、劣等生なのか優等生なのかよくわからないポジションにいる騎暖に対して話し掛けると大抵の人間はそうなる。
 だからそこは不思議ではないのだが、話しは今じゃダメなのだろうか。正直めんどくさいのだが。
 頭を捻ったところで、長い話しなんだろうかという理由ぐらいしか思い付かないわけで。

『……さて、俺も資料室行くか』

 どうせ放課後になればわかるかと思考を放棄した。はずなのに。

「受験で忙しくなる前に言いたい事があってさ。前から黒宮さんのこと、真面目で可愛くて異性として魅力的だなって思ってたんだ」

 彼の発言で、放棄したはずの思考を再び再開せざるをえない状況となった。
 はっきりと言われてはいないが、彼が何を言わんとしているのか分からないほど子どもじゃない。しかし、この言葉にときめきを覚えるほど大人でもないわけで。
 つうか誰だそれは。異性として魅力的って、高校生が何言ってるんだ。

「俺とデートしてくれませんか?」
『あー、えっと、』

 全力で引いている騎暖の思考力は低下していく一方だ。

『え?俺?』
「(俺?)うん、黒宮さんのことが好き」

 あ、地雷踏んだ……?

『……あー、真面目で可愛くて異性として魅力的な人ってたくさんいると思うけど?』
「俺にとっては今魅力的な異性は黒宮さんしかいない」
『………』

 騎暖はもう全力で引き、全力で困惑していた。今まで好意とは対の感情しか向けられてこなかったため、どうしたらいいのか騎暖にはわからなかったからだ。

『………』

 その時、ふと浮かんだ顔に軽く目を見張った。
 そういえば、一人だけいたな。どれだけ突き放した言動をしても好意を吐いてくる人間が。
 そんな騎暖を見て、若草は目を細めた。

『悪いんだけど、そういうの考えたことないし――――――』
「……黒宮さんに好きな人がいるのは知ってる」
『は?好きな人?』
「だからせめて黒宮さんを諦めるためにも一回だけでもデートがしたくて……」
『……いや、近いんだけど』

 ずいっと騎暖に近付きながら力説する若草。これが悪意の塊なら、騎暖の手なり足なりが出ていただろう。しかし、自分には滅多に向けられない好意に何をどうしたらいいのかわからない騎暖は後ずさることしかできない。とはいえ、相手は立ち、騎暖は椅子に腰を掛けている状態なので大した距離は取れていない。
 しつこい。言外に嫌がっているのがわからないのだろうか。これならアイツの方がまだマシだ。アイツもしつこいところがあるが爽やかさがある気がする。騎暖が嫌がる時は引く。嫌なしつこさがない分そう感じるのかもしれない。
 そこでふと名案が浮かんだ。コイツが好きなのはしょせん猫を被っている自分なのだ。ならば、コイツのイメージを崩せばいいんだ、と。

『……噂、聞いたことないの?』
「噂って黒宮さんの?喧嘩ばかりしてるとか、すごく強いとか?」
『そう』
「だってただの噂じゃん?俺には黒宮さんがそんなことしてるようには見えないし。大丈夫、俺はそんな噂信じてないから」
『………』

 上手く回らない頭で捻り出した名案は、瞬殺された。

「ごめん、もの凄く自分勝手な頼みだけど、どうにか聞いてくれないかな」

 ああ、もう――――――

 限界だ。

『……悪いけど、俺は』

 バァン
 もう何を言っても通じないなら、いっそ本性を見せてやれば引くだろうか。そう考えた時、騎暖の言葉をけたたましい音が遮った。
 若草越しに音源を見る。資料室の入り口、そこには先程騎暖の脳裏を過ぎった人物が突っ立っていた。

『あ』
「……お前が人の話しを盗み聞きするなんて意外だな。褒められたことじゃないってことはわかってるだろ?時崎」
「うん、僕もそう思う」

 資料室の前に来て、話し声が聞こえて、内容を理解して、マズイ。そう思った。我ながら何て言う間の悪い時に来てしまったんだろう。まるでドラマや漫画のようなタイミングだ。
 そういう場面にもし万が一立ち会ったら、僕なら絶対その場を後にするのにな、と思っていたのに。いざ現実になってみると、そんな道徳心はどこかに消え去り、足が床に張り付いて動けない。というか、その場に近づいて行っている。
 僕の理性は紙のように薄っぺらかったのか。……いや、ラップかな。
 そんなことを一部冷静な頭で思いながら、拓人は扉の向こうの声に聴覚を研ぎ澄ましていた。

「ハッ、即答かよ。言ってることとやってることが違うだろ」
「うん、ごめん。だけど」

 その後どうするつもりだったのかは正直わからない。だけど、

《だってただの噂じゃん?俺には黒宮さんがそんなことしてるようには見えないし。大丈夫、俺はそんな噂信じてないから》

「あんなこと言われて黙ってられるほど、大人じゃないんだ。僕も」
「あんなこと?」
「僕も噂は信じる方じゃないけどね、真偽も確かめずに全否定するのもどうかと思うんだ」
「は?」
「その噂が本当だった時、それは彼女を否定することになる」

 実際そうだ。その噂は本当で、若草が言う騎暖はいわば外用だ。
 いくら騎暖でも誰彼構わず噛み付きそうな臨戦態勢をとっているわけではない。それなりに穏便に生活しようと普段はなるべく大人しく、女の子らしくしようと努めている。
 要するに、若草が好きだという騎暖は借りてきた猫状態なのだ。

「確かに若草くんが言う騎暖も騎暖だけど、君が否定した騎暖も騎暖だ。彼女を否定するのは許せない」
「は?言ってる意味がよくわかんないけどさ、邪魔しないでくれないか?俺は黒宮さんに話しが――――――」
『勝手に盛り上がってるところ悪いんだけど』
「………」
「……騎暖」
『どっかの誰かさんに遮られたから改めて言わせてもらうけど、』

 騎暖は若草に視線を向け徐に立ち上がった。

『悪いけど、俺はアンタが言うような人間じゃあない』
「黒宮、さん?」

 騎暖のしゃべり方や雰囲気が変わったことに、若草はたじろいだ。

『そいつが言った通り、その噂は本当だ。強いとは言わないが、結構喧嘩三昧だぜ?俺は』
「何を言って――――――」

 次の瞬間、空を切る音と共に若草の目の前には騎暖の拳があった。一気に間合いを詰めたらしい。

「ッ」
『ね?』

 それを理解して後ろに引いた若草に騎暖はニッコリと笑いかけた。

『それに俺はアンタに興味がない。興味がない奴に付き合うほど、俺はお人好しじゃないんでね』
「………」
『アンタだってその気がない人間と出掛けても詰まんねェし気分悪いだろ』
「それは……そう、だよね。や、やっぱり気持ちにズレがあるままデートするのはよくないよね」

 自分の気持ちばっかり押しつつけてごめんね。
 それだけ言うと、若草はそそくさと資料室を後にした。

「……あれは、ちょっとやり過ぎなんじゃないのかな」
『直接見せた方が理解が早いだろ』
「でもあれはちょっと可哀相な気が……」
『あっそ』

 若草の去っていった方を見つめなが足を床に張り付けたままの拓人を無視し、騎暖は椅子に戻ると本を手に取りページを開いた。

「………」
『………』
「…………」
『…………』
「……………騎暖?」
『……何だ』
「ごめん」
『何が』
「その、話し立ち聞きした挙句……邪魔して……」
『邪魔って何?』
「あ、いや、だって告白……OKすることだって出来たのに……」
『別に。聞かれて困る話しじゃないし。それに……俺を好きになるなんて有り得ないから、どうでもいい』
「騎暖……」

 騎暖には悪癖がある。それは自分に対して否定的だということ。好意的な言動が素直に受け入れられないし、信じられない。
 自分自身を好きになれないから、誰かが好きになることはありえないと思い、相手の好意を跳ね退けて。その相手に罪悪感を抱いて傷ついて。そんな自分をまた嫌悪する。その繰り返しに騎暖はいる。
 でも、だからこそ。

「……それは僕に対して失礼なんじゃないかな」

 拓人は騎暖に好意を伝える。今は傷付けるだけかもしれない。それでもいつか、騎暖が自分を好きになれるように。騎暖は大切な存在なのだとわかってくれるように。
 拓人が本心から騎暖に好意を抱いていることが伝わるように。

『は?』
「僕は彼が否定した君も、君が嫌いな君も好きなんだから」

 むしろ彼が否定した君の方が好きだって前からそう言ってるでしょ?
 そう言い切った拓人に目を丸くした後、思いっ切り睨みつけて開いていた本を顔まで上げた。

『俺はお前のそういうところ嫌いって前から言ってるだろ』
「そうだったね」

 その仕草が可愛い、とは口に出さない。拳が飛んできそうだから。

『……まあ、邪魔されて助かった。ありがとう』

 アイツの言うこと気持ち悪かったと言う騎暖の耳は赤い。ストーブのせいじゃないといいな、なんて頭の片隅で思いながら、騎暖の発言に苦笑した。
 自分もいつか言わないように気をつけよう。嫌いよりも気持ち悪いの方がショックは大きい。

「でも意外だったな」
『何が?』
「騎暖って押しに弱かったんだ?」
『……意味わかんねェ』
「そのまんまの意味だよ。新鮮だったな」

 小さく笑っていると拳ではなく、お菓子の空箱が顔面を直撃した。


それもこれも君を好きなせい
(騎暖のことを否定したことが許せない。)
(それは本心であって本心じゃない。)
(本当は若草にヤキモチを焼き、嫉妬して、焦っただけなんだ。)





+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


いつもは強いのに押しに弱い騎暖とヤキモチを焼く拓人が書きたかっただけのお話です。←
そして、この話。年明け前には書き終わっていたお話だったりします。
なかなか上げられなくて……orz

騎暖は一人称が「俺」ですが、普段は一応大人しくしているので、
なるべく一人称を使わずに話しています。
最初に動揺して『俺?』と若草に訊いた時以外、本性を出すと決めた時まで
彼との会話では一人称を使わずに会話しています。
そして、少しですが男の子しゃべりも抑えているので大人しい子と勘違いされちゃう子です。

そして、この若草という人物の口説き文句(?)。
実は半実話だったりしたりしなかったりします。←
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