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月灯りの下

闇の世界に差し込む光を追い求めて

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そんな二人を見ているのは

光と闇、白と黒で彩られた灰色の世界。

 そんな世界で私が見た初めての色は、アカイロだった――――――。







 目を醒ますと、陽の光を浴びた明るい天井が視界を支配する。もう昼頃だろうか。まだ覚醒しきらない頭で先程まで見ていた夢を反芻する。
 それは夢という名の現実。過去。そして――――――始まり。
 あの灰色の世界で、私は「男性」と「女性」に「暴力」を受けていた。その世界から一度も「出る」ことはなく、ただ過ぎていく出来事に流されるようにそこにいた。その世界で私が得たのは「痛み」に対する耐性と「死」。得られなかったのは「感情」と「生」。
 これらの名前は疎か存在すら、あの頃の私は知らなかった。

『……何やってるんだか』

 夢を、過去を反芻するなんてなんの意味もない。
 紅茶を飲んで気分を変えようとベットから抜け出した。キッチンへと向かい、ポットに水を入れ火にかける。その間にテレビを点け、着替えを始めた。
 テレビでは臨時ニュースが流れている。スラム街の子供達を人質に、テロリストがコミュニティーセンターに立て篭もっているらしい。リポーターが犯行声明を述べている。発生時刻からそう経っていないところを見ると、どうやら警察やマスコミは犯人自らが呼び寄せたもののようだ。
 が、仕事対象が関係しているならまだしも、アリスにはこういったことに興味はなかった。

(……ご飯どうしようかな)

 着替えを終えて、ティーカップを用意する。音を発て始めたポットを火から下ろした。

(確かクロワッサンがあったはず……イチゴジャムで食べようか、マーマレードにしようか)

 ピロピロピロ
 食事のメニューに思考を巡らせていると、机の上に置き去りにしていた携帯が鳴った。キッチンを出て手に取る。相手はディスプレイには『Sienna』。

『…………』

 普通に出ればいいものを、指がボタンを押すことを躊躇した。あの時の事を気にしているわけではないのに。
 彼女とはもう1ヶ月半、会話どころかメールすらしていない。喧嘩別れして以来、初めての連絡だった。

『…………』

 あの時は一方的に彼女が怒っただけのこと。私は何も悪いことはしていない。もし殺しの事を怒っているのなら、その怒りを私は理解することができない。
 なぜなら――――――、

『もしもし』
〈チッ〉
『……どなたでしょう?聞き覚えのない声ですね。はじめまして、で合っていますか?』

 聞こえたのは聞き覚えのある友人の声ではなく、知らない男性の声での舌打ちだった。

〈ああ、はじめましてだ〉
『そうですか。これは私の友人の携帯のはずですが、それは間違いないですか?』
〈それも間違いない〉
〈ちょ、私の携帯返してよ!〉
『……落とし物を拾ってくださった方、ではなさそうですね。どなたですか?』
〈俺か?俺は、ー―――――ブルーサファイアだ〉
『ブルーサファイア?……っ!』

 どこかで見た単語にテレビを振り返る。テレビの端に出ているテロップには、「テロ発生!グループはブルーサファイア」とあった。

〈そう!今世間を騒がせているテロリストだよ!お前のお友達はこのままだと死ぬ!!精々覚悟を決めておくことだな〉
『あなた――――――』
〈アリス!来ちゃダメ!来なくていいから!私なら大丈夫だから!〉
〈うるせェッ!!〉
〈キャッ〉

 人を叩く音に次いで倒れ込む音が聞こえる。子供達が心配する声も入った。
 何かのスイッチが入ったように、アリスの頭は急速に冷めていった。

〈何が"来ちゃダメだ"だ。一般人が来れるわけ――――――〉
『ひとつ、ご忠告しておきます』
〈あ?〉
『その子にこれ以上触れるのなら、私はあなたを消しにかかります。全力で』
〈何を……!〉
『それではまた後ほど。……あなたもくれぐれも大人しくしてるように』

 携帯を切り、アリスは携帯を持ったままフードがある黒いパーカーを取りエントランスへと向かおうとしてある一点を視界が捉え立ち止まった。飾り棚の上。

『………』

 思考を巡らせた後、飾り棚に置いてあった物も引っつかんでエントランスへと向かった。
そしてエントランスを出て歩きながら携帯を開く。あるアドレスを呼び出し一瞬逡巡した後、通話ボタンを押した。
 私は、殺すことを躊躇しないし、この仕事をしていることを怒られる理由も理解できない。 なぜなら、私にとって殺すこととは食物連鎖と同じことだからだ。
 動物達は生きるために弱いものを糧にして日々を送っている。その現実を見て可哀相と言う者はいても、責める者はいないだろう。生きるため。その理由で食物連鎖は成り立っている。
 じゃあ、人間は?
 何故人間は生きるために人間を殺してはいけない?何故責められる?
 同じ人間という種族だから?では動物の共食いはどうなる?
 人間は意思や人格を持っているから?動物にはそれらがないと何故言い切れる?
結局は人間が自分の身を守るために、殺してはいけないというルールを作ったに過ぎな いのだ。動物達は食物連鎖だと弱肉強食の世界にいるのに、人間だけはその連鎖から脱しているという方が虫のいい話しではないのだろうか。同じ生きている動物なのに。
 私は生きていくために、殺しをしている。文句は、言わせない。誰にも。

『――――――もしもし』


*          *          *


 時間はほんの少し前に遡る。

「林檎を10個収穫しました。兄弟3人で分けた時、いくつ余るでしょうか?わかる人~」

 「は~い!」と子供達が我先にと手を挙げる。シスターは一人の子を指し、その子が答える。「正解です。よくできました」というシスターに部屋中の子供達は盛り上がった。
 今日は貧しい子供達を集めての勉強会が行われていた。普段は教会でもやっているのだが、大人数となると入らないために国が管理しているコミュニティーセンターで行われている。コミュニティーセンターとは政府が建てた建造物で、国民が趣味の集まりやちょっとしたパーティーを開くなど広く利用しているものだ。
 勉強をすることがなかなか難しい環境にいる子供達は熱心に、そして楽しく勉強をしていた。その部屋の隅でシエナは携帯を握りしめ、ディスプレイを見つめていた。そこには「Alice」という名が表示されている。

「はぁ~。どうしよう……」

 今日何度目になるのかわからない台詞を吐き出した。とは言え、ここ1ヶ月半はこの台詞を一番吐いているのだが。
 アリスと連絡を絶って1ヶ月半。今までだってこのぐらい連絡をしないことも多かった。しかし、喧嘩をしたせいかソワソワして仕方がないのだ。そんなに気になるのなら連絡を取ればいいものを、連絡を取ってどうするのか。それがわからないがために連絡を取れずにいる。

(謝るのは、なんか違う気がするし……)

 アリスの師匠という殺し屋に会い、話しをしてアリスが何故今の仕事をしているのかわかった。しかし、だからといって殺しを容認することはできないし、そんな仕事はやめて欲しいという気持ちは変わらない。しかし、アリスのことを考えると下手なことは言えないし……etc.etc.
 ぐるぐる思考を巡らせての1ヶ月半であった。が、それが災いして気が付かなかった。

「おい」
「え――――――?」

 先程まで楽しく勉強していた子供達が部屋の片隅に集められ震えていることに。
そして明細柄に身を包んだ男が長い銃を持って目の前にいることに。
 男はシエナが持っている携帯に目を留めた。

「貴様、それで何をしようとしている!」
「え、あ、へ?ちょ、何……?!」
「寄越せ!!」
「なっ、やめて……!!」

 男にいきなり携帯を奪われそうになり咄嗟に腕を動かして庇うが、男の手に触れて携帯は弾け飛んだ。

「あ!」
「手間取らせるな!死にたいのか!」

 携帯は男の近くに落ちたため、男がそれを拾った。そして、

《もしもし》

 中性的な声がした。ディスプレイを見ると通話中の文字。どうやら先程の取り合いでボタンを押してしまったらしい。

「チッ」
《……どなたでしょう?聞き覚えのない声ですね。はじめまして、で合っていますか?》

 男は直ぐに切ろうとしたが、落ち着いた声に手を止めた。
 俺達はこれでも有名なテロ組織。ならば、コイツも俺達のことを知っているはず。知らなかったとしても、犯行声明を警察やマスコミには前もって流してある。そのお陰で警察だって来ているようだし、俺達のことは既に各メディアで取り上げられているだろうから自分の知人がどういう状況下にあるのかぐらいはわかるだろう。
 これはチャンスだ。いつもは人質にした人間の反応しか見れないが、テレビの向こう側の反応を見るいい機会だ。
 男の口が歪に嗤った。

「ああ、はじめましてだ」

 顔を見ることは出来ないが、絶望を叫ぶ声が聞こえれば十分だ。

《そうですか。これは私の友人の携帯のはずですが、それは間違いないですか?》
「それも間違いない」
「ちょ、私の携帯返してよ!」

 直ぐに携帯を切ると思っていたのだろうシエナが声を上げた。演出としては上々か。

《……落とし物を拾ってくださった方、ではなさそうですね。どなたですか?》

 シエナの声が届いたらしい。ここで焦っても良さそうなものの、相手はまだ冷静だった。たが、冷静でいられるのもここまでだ。

「俺か?俺は、ブルーサファイアだ」
《ブルーサファイア?……っ!》

 冷静だった相手の声に緊張感が走る。そして名前を知っていたのだろう、名前を聞いて現状を理解したシエナの顔から血の気が引いた。
 それだけで男は優越感に満たされた。

「そう!今世間を騒がせているテロリストだよ!お前の友達はこのままだと死ぬ!!精々覚悟を決めておくことだな」
《あなた――――――》
「アリス!来ちゃダメ!来なくていいから!私なら大丈夫だから!」
「うるせェッ!!」
「キャッ」

 相手が何かを言おうとしたが、その前にシエナが男の腕を掴み携帯に叫んだ。しかし男は腕を振り払い、シエナを弾き飛ばした。彼女は意図も簡単に床に転がった。

〈ハッ!"何が来ちゃダメだ"だ。一般人が来れるわけ――――――〉
『ひとつ、ご忠告しておきます』
〈あ?〉

 携帯から絶対零度の声が響いた。

《その子にこれ以上触れるのなら、私はあなたを消しにかかります。全力で》
「何を……!」
《それではまた後ほど。……あなたもくれぐれも大人しくしてるように》

 不通音が男の感覚を支配する。
 消す?誰が?誰を?
 命乞いをするだろうと思っていたのに。これが普通の反応か?それに消すと言ったか、後ほどと言ったか?
 しかし、来れる訳がないのだ。仲間も見張りに立っていて、警察も包囲しているこの状況で。そうだ、相手は絶望よりも怒りが先に来たのだろう。ただそれだけだ。
 男は自分に言い聞かせながら切れた電話を見詰めていた。
 嫌な予感は、纏わり付いたまま。


*          *          *


『包囲網は上々、といったところでしょうか』

 黒いパーカーのフードを目深に被り、掛けられたサングラスの奥の蒼い瞳が状況を読み取る。
 コミュニティーセンターの周りは警察とマスコミ、野次馬でごった返していた。遠巻きに の出入口を確認したが、流石に警察が押さえている。周りの建物にも狙撃班が出張っていた。

『警察とドンパチやるのは極力避けたいところ……しょうがない。これは遠回りするしかないですね』

 幸にもコミュニティーセンターは角地に建っており、狙撃班は向かい側の建物に2班のみ。取り敢えず右の建物の方から潰して行きますか。
 狙撃班は目の前の立て篭もりが行われている建物に集中していたため、気絶させるのはとても容易った。お陰で狙撃班が設置された2ヶ所を回り、狙撃手を気絶させ終わるのに10分程しか経っていなかった。

『下ごしらえはこれでよし、っと』

 アリスは隣のビルの屋上から問題の建物を見下ろしていた。コミュニティーセンターの屋上には、テログループの見張りが5人いる。警察の見張りは、もちろんもういない。
 携帯を取り出し操作すると、先程入手しておいたコミュニティーセンターの見取り図を呼び出した。目指すはテログループが立て篭もっている2階。屋上から入って各階に配置されている見張りのメンバーを撃破しつつ、入りやすそうな排気口を探してそこから目的の部屋に侵入するのがベストだろう。
 携帯を仕舞うと飾り棚から引っつかんで来た物をポケットから出し、手の平に乗せて見詰めた。

『………』

 それを一度祈るように握り締めると首に掛けた。

『では、行きますか』

 いつものポーチから黒い筒状の物を取り出した。その頭部を屋上の縁に擦りつけると、 コミュニティーセンターの屋上に投下した。筒は煙りを上げて落下した。
 それを見届けることなくアリスは屋上の中央まで戻り、踵を返して軽く走り出した。

「何だ!?」

 筒がコミュニティーセンターの屋上に当たりボンッと音を発てて爆発するのと、アリスが隣のビルの屋上の縁に足をかけ飛び降りるのは同時だった。
 屋上は煙りに飲まれ、男達が慌てふためいている。アリスは落下しながら息を軽く吸い、止めた。瞬間、煙りの中に落ちた。コミュニティーセンターと隣のビルの階数差は4階分。その衝撃を逃がすため、でんぐり返しのような前回り受け身で着地。そのままの勢いで屋上を蹴ると、ポーチから抜き出したナイフで煙りに紛れて隙だらけの男達を討ち取っていった。煙りが晴れた時には立っている者はおらず、アリスの姿もなかった。


*          *          *


「シスター、大丈夫?ここちょっと擦りむいてるよ?」
「大丈夫!ちょっと転んだだけだから」

 そう言うと子どもは安心したような表情を見せたが、顔色は優れない。当然だ。まさか自分達のような貧困街に住む人間がテロの人質にされるとは思ってもみなかっただろう。

「それにしても、なんていう人達なの?!子ども達を人質にするなんて」
「しかも、こ、殺すことが目的だなんて……」

 他のシスター達がヒソヒソと話しているのがシエナの耳に届いた。
 テログループ達の目的は、要は見せしめだった。貧困街の子ども達を助けたければ、国が身代金を出すこと。それが出来なければ子ども達の命はなく、貧困街に住む子ども達だから政府は見殺しにしたとメディアに叩かれ非難を受ける。しかし金を払ったら払ったで、その金は政府の懐から出るのだから大打撃だ。政府にダメージを与える。これがテログループの目的だった。そして、彼等のベクトルは前者に向けられている。

「ねぇ、シエナお姉ちゃん。私たち、死んじゃうの?」
「そんなことない、そんなことないよ……!きっと助けが来て――――――」
「僕もっと勉強教えて欲しかった」
「お母さんに会いたいよぉ……」
「ちょ、みんな!」
「しっかりして!大丈夫だから」

 シエナや他のシスター達の宥めも虚しく、不安の連鎖は波紋のように広がっていった。狙撃防止のため閉め切られた二重カーテンのせいで部屋は真っ暗でほぼ何も見えない。 そんな雰囲気と極限状態の中、子ども達は限界を迎えていたのだ。

「まだ死にたくない……、まだしたいことも沢山あるのに……」

 一人が啜り泣き始めると、急激に伝染していった。

「ガキ共五月蝿いぞ!死にたいのか!」

 テログループ達は暗闇でも見えるスコープを装着していたため、リーダー格の男は真っ直ぐと子ども達に近付いて来る。が、シエナはその男の物言いに思わず立ち上り前に出た。

「ちょっと!あなた!こんな場所に子ども達を押し込めておいて何よ、偉そうに!」
「ちょ、シスターシエナ……ッ!」
「何だと?」

 他のシスターが止めに入ったが遅かった。

「政治的な主張がしたいなら、こんな真似しないで堂々と胸を張れる方法ですればいいじゃない!」
「現在進行形でしてるじゃないか。俺達は今の行動に誇りを持っている。俺達の崇高な計画にお前達が無駄遣いしていく命を有効に使ってやるんだ。感謝しろよ」
「尊い人の命を道具みたいに扱うあなた達に何が感謝よ!無駄遣い?確かに私達は死に向かっていくわ。でも色々悩んで、迷って、そんな中で一生懸命生きてるの!それを無駄遣いだなんて――――――」

 その時ふと、アリスの顔が頭を過ぎった。
 この人達は人の命を道具みたいに扱うけど、アリスは?アリスは自分のためにたくさんの人の命を奪っている。この人達とやっていることは同じ……?

 違う……!

 彼女は命を積み上げて自分の生を得ようとしている。それは、奪ってきた命を背負って生きているということ。決して命を粗末にしているわけじゃない。
ただ、辛い選択をしただけ。

「ううん、それしか選べなかったんだ」
「は?」

 私はアリスの正体を知っていて友達になりたいと望んだのに、甘かったんだ。自分の世界はいつまでも平和だと思っていて。
 覚悟がなかったんだ。アリスの生きる世界がどんなに辛い世界なのか、知っていたはずなのに、目を逸らして。

「無駄に命を奪うあなた達の方が一番あなた達自身の命を粗末にしてるわ!奪った命を背負おうともしない、命を粗末にしているあなた達に、成し遂げられることなんて何もないのよ!」
「言いたいことは、それだけか?」
「……っ」

 息巻いていて気付かなかった、目の前にある威圧感。

「どうやら、命を一番無駄にしたのはお前らしいな」
「ぁ」

 昔一度感じた、死が間近に迫った感覚がシエナを支配する。血の気が引いった。

「先に逝って子ども達を迎え入れてやるんだな」

 男が引き金に指を掛け絞っていく。
 ガコン。

「!」

 頭上からした音に咄嗟に銃を向ける。そこには排気口の蓋がぶら下がっているだけ。
 だけの、はずだった。

「な、」

 足下に、何かいた。
 銃を向けるより先にそれは蹴り上げられ、男の手から弾け飛んだ。

「何だ!テメェは!!」
「何だ、どうした!」
「え、何?何?!わっ」

 男達が騒ぐ中、何が起こっているか見えていないシエナは急に誰かに抱きすくめられその場を離された。

「だ、誰……って、あ」

 半パニック状態だったシエナの目に映ったのは、暗闇に浮かぶ淡く光る球体。その光には見覚えがあった。


"すごーい!光ってる!アイリスも見て"
"……はぁ"
"これ、何で光ってるんですか?"
"フフン、これはね~"
"蓄光ガラスでは?"
"お、よく知ってるね、お嬢さん"
"蓄光ガラスって何?"
"太陽の光りを集めておくと、暗いところで淡く光るガラスのことです"


「シスターシエナ?何が起こってるの?」

どうやら子ども達の側に降ろされたらしい。服をついっと引っ張られる。

「大丈夫!もう大丈夫よ!みんな助かるから!」
「ほんと!?」
「ええ!」

 そんな中何かが飛んできたのだが、それは小さく暗いがために誰も気付かなかった。それは床に転がると煙りを出し始めた。

「あれ、何か……」




「あれは……睡眠ガスか」
『人質は何かと邪魔なので、致し方ない処置です』
「酷い言い草だな」
『慣れていないんですよ、こういうシュチュエーション』

 バタバタとシスターと子ども達が倒れていくのを背に、アリスと男は対峙していた。

「テメェ警察の人間じゃあなさそうだな」
『ええ、それらと対をなす者です』
「対をなす?」
『言いましたよね、その子にこれ以上触れるのなら、私はあなたを消しにかかります。全力でと』
「テメェ、さっきの……?!」

 男が一歩退く。アリスが追うように横に動いた。瞬間、そこに弾丸が撃ち込まれた。

「大丈夫か!」
「あ、ああ」
「相手は一人!しかもガキで暗中スコープもない!」
「さっさと片付けるぞ!」

 弾丸が飛び交う中、アリスは一人の男に狙いを定め弾を避けて距離を詰めた。

「この!」
『闇雲に撃つだけでは下手だということがバレますよ』

 右へ左へと相手を翻弄しながら走り寄り、隙を見て男の懐に入る。ライフルはリーチが長いため、懐に入られればもうなす術はない。男は鳩尾を蹴り飛ばされ、壁に背中を打ち付けた。

「ッ、が!」
「気をつけろ!このガキ暗中スコープがなくても見えてやがる!」
『私にとって暗闇は脅威ではありませんから』

 後ろから振り下ろされたナイフを避けポーチからそれを抜き取ると、避けた勢いもそのままに踵を返して男に切り込んだ。ナイフとナイフがぶつかり合う。

(コイツ、俊敏性だけじゃなく力もあるのかよ……!)

 男が均衡を弾くと、アリスと間合いをとった。

「………」
『………』

 両者相手の隙を窺い、睨み合ったまま動きを見せない。が、先に動いたのはアリスだった。前に飛ぶと同時に今までいた所にナイフが振り下ろされる。前にいた男もアリスに向かって走り出した。
 アリスは足に力を込めて前方の男との間合いを一気に詰める。再びぶつかり合うナイフ。しかし均衡はなかった。

「がっ」

 男の胸板を蹴りつけ踏み台にし、宙へと舞い上がった。後ろに迫ってきていた男の頭上にナイフを下ろす。ガキン。再び響く金属音。男の持つナイフがアリスのナイフと男の頭との間に割って入った。ナイフに体重を乗せバク転し男の背後に降り立つと、ナイフの柄頭で首を強打し気絶させた。残ったのは電話で会話をした男のみ。

「テメェ……ッ!!」
『すみませんね、一般人じゃなくて』

 アリスはゆっくりと男に近付いていく。ただなす術もなく倒されていった仲間達が視界に入る。恐怖の影が男の首をゆっくりと絞めていく。力の差は歴然。なら、どうするか――――――

「く、来るんじゃねえ!」
『………』

 力が歴然な相手に対抗する手段は、数に頼るか、人質を取るかの二択だ。男は眠っているシエナに銃口を向けた。アリスの歩みが止まる。

「お、お前の友達なんだろ?ここまで助けに来ておいて、目の前で殺されたくはないだろ?あぁ?!」
『……ハァ』
「な、」

 溜息と共に止められていた歩みが徐に再開する。

「テメ、これが見えねえのか!?こいつの命が――――――」
『前言撤回します』
「は……?」

 パァン
 響いた銃声。貫かれた右肩の骨が砕ける音が男の脳を刺激した。

「ぅあああああああああああああッ」
『その子にこれ以上触れなくても危害を加えるようであれば、私はあなたを消しにかかります』

 アリスの歩みに気を取られていた男は、彼女が拳銃を抜いたことに気付かなかった。




 ダアン

「警察だ!!!」
「な、なんだコレは……!」
「何があった?!」
「オイ、人質の安否確認をしろ!」

 銃声を聞いて踏み込んできた警官達の目の前には、倒れている男達に痛み悶える男、そしてすうすうと眠る子供たちとシスターという奇妙な画が広がっていた。それだけだった。


*          *          *


「や、やっと解放された~」

 事情聴取を終えて外に出ると、空は赤く染まり紺が広がりつつあった。時間が余計にかかったのは子供がほとんどだったことの他に、人質全員が寝ていてなかなか起きなかったせいなのだが、それは不可抗力だ。理由は不明だが。
 シエナは警察署を出ると辺りを見渡した。目を覚ました時にはいなかったが、どこかにいてくれている気がしたから。待ってくれている気がしたから。だって彼女は――――――

「あ」

 向かいの通り。夕日に照らされ輝く銀灰色を見付けた。裏地が黒い灰色のパーカーを着、サングラスを掛け、中に蓄光ガラスの小さな欠片が入っている大きいビー玉のようなペンダントをしているのは紛れも無い探し人。

「アリス……!!」

 アリスは残酷で、哀しくて、優しい人だから。だから、いてくれている気がした。
 通りを越えて、アリスに飛び付いた。

「アリス……アリス……!助けてくれてありがとう!いつも守ってくれてありがとう……!ありがとうぉ!」
『……無事で何よりです、シエナ』

 一瞬躊躇したが、シエナの背中に手を回し抱きしめ返した。そんな二人を見ているのは、


街を赤く染め上げる夕日だけ――――――



《今日午後2時頃、テログループ・ブルーサファイアによる立て篭もり事件がありました。 コミュニティーセンターに立て篭もったブルーサファイアは、貧困街の子供とシスターを人質に身代金を要求。政府が身代金を用意している最中、建物内から銃声が続いたため警官隊が突入したところ、ブルーサファイアのメンバーと人質が倒れているのが発見されました。重傷者一人、軽傷者多数。しかし怪我をしたのはテログループのみで人質に怪我はありませんでした。警察は仲間割れをしたとみて詳しい調査を続けています。今日午後2時頃、――――――》

「ヘェ。テログループを殺しに行ったのかと思ったけど、まさか事件を収めに行っているとはね~。いや、収めたのは過程か。彼女が欲しかった結果は事件解決じゃなく」

 ――――――ではなかった。
 警察署の屋上、ラジオを聞きながら双眼鏡片手に二人の様子を伺っている人物が一人ニヤリと哂う。

「いいモノみーっけた」





+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


最後の投稿が9月だということに気がついて驚きました、渡月です。

10月丸々かけてチマチマと書いていたのは戦闘シーンのせいです、はい。

次に書いている『特使』も同じ意味で時間がかかりそうです;
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