月灯りの下
闇の世界に差し込む光を追い求めて
[205] [204] [203] [202] [201] [200] [199] [198] [197] [196] [195]
[PR]
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
黒宮騎暖という少女
『やっぱり昨日のアンタだったのか。聞き覚えがある声だと思ったんだ』
「き、君が……」
突き抜けるような青空の下。
目の前に佇む一人の生徒は、間違いなく女の子で。
「黒宮騎暖……ちゃん……?」
間違いなく、昨日のバカみたいに強い少年だった。
「き、君が……」
突き抜けるような青空の下。
目の前に佇む一人の生徒は、間違いなく女の子で。
「黒宮騎暖……ちゃん……?」
間違いなく、昨日のバカみたいに強い少年だった。
少年、もとい少女は眉根を寄せて俺を睨む。
『ちゃん付けは止めろ。そんなキャラじゃないのはアンタもよく知ってるだろ』
「あ、ああ。ごめん」
再び背を向ける黒宮騎暖に咄嗟に謝ってしまったが、何で謝ってんだ俺は。
「でも女の子なんだから、やっぱり"ちゃん"だろ?それとも"さん"がいい?改めまして、は
なつくさななみ
じめまして。夏草七味だ」
『どうでもいいよ、呼び方なんて。アンタと別に関わる気はないから』
「そんなつれないこと言うなよ。」
苦笑しながら彼女の隣に立つ。体育をしている生徒たちがパラパラと動き回っているのがよく見えた。爽やかな風が髪を撫でる。
「いい眺めだな。ここにいたくなるのがよくわかる」
『……で?』
「ん?」
『精神科医の先生が何の用?』
「ああ、朝礼はちゃんと出てるんだ。偉いじゃん――――――」
『まさか。ここから聞いてただけ。というか、聞こえてただけ』
「…………」
今朝、校庭で行われた全校生徒朝礼。そこでした自己紹介の内容を知っていたから朝礼にはちゃんと出てるのかと思いきや、そゆこと……。そういえば、聞き覚えがある声と言っていたな。
「でもちゃんと聞いてるのか。真面目だな~」
『で?何?先生たちにでも話しを聞いてやってくれとでも言われて来たのか?』
あ、図星。
「勘がいいんだな」
『……そこは普通誤魔化すところじゃないのか?』
「君みたいな鋭い子には無意味だからね、そういうの。確かに俺は先生方に頼まれて黒宮騎暖という生徒と話しをしにきた。けど、昨日の君だとわかって気が変わった」
『は?』
「俺は昨日会った子として、君と話しがしたいんだよ。君に興味があったから」
『俺に、興味?』
「そ。だから色々訊きたいんだ」
『……アンタ、物好きだな』
「あははー、よく言われる」
これを肯定と取った俺は、一番重要な質問をすることにした。大事な話は先に済ませておいた方がいい。
すなはし
「君さ、砂橋国立大学病院に大きい怪我や病気で入院したことはない?」
『何でそんなこと、アンタに言わなきゃいけねェんだよ』
「ですよね~」
間髪入れずに突っ込まれた。まあ個人情報だから当たり前か。仕方ない。
一呼吸置いて、腹を決める。色々話を訊きたいなら、こちらも隠し事はできない。
「実は俺はある仕事の一環でこの学校に来たんだ」
『ある仕事?』
「ある病院に女の子が入院することになった。病気でね。すぐ治る病気だったんだけど、処方された薬が合わず危篤状態になった。……まあ、医療ミスってやつだ。その病院は国が管理している病院だったから、医療ミスなんてバレたら大問題。その危機を脱するためにある薬が使われることが決定した」
『…………』
「その薬はまだ動物実験の段階のもので、ちゃんとした効果を実証していなかった。なのに、病院はそれを使った。結果その女の子は助かった。病院はそれで安心して使いまくったんだけど、そこでまた問題が生じた。それが、副作用。その女の子は薬の副作用で普通には生きることが難しくなってしまった。そしてその子以外の、その薬を使われた人達も問題行動を起こすようになってしまったんだよ。本人達は無自覚だから病院には好都合。秘密裏にその人達を探し出すのが俺の、俺達の仕事だ」
『…………』
「……あー、信じられないよな。こんなこと急に言われても。結構端折ってるし」
『――――――ない』
「へ?」
『砂橋っていう病院は知ってはいるけど、行ったことはない。だから俺はその変な薬の副作用に当てられることもない』
「信じて、くれるのか?こんな詰まらないSFじみた話」
はな
『精神科医の先生が掛け持ちで一介の高校に来るなんて、最初からおかしいと思ってたんだ。これで筋が通る。それだけだ。……それに、その女の子が出てくるところのアンタ、すごい顔してた』
「すごい顔って……」
どんな顔だ。それにしても、頭の回転が速いな。この子は。
『そんなことより、その秘密裏の事を俺に話しちまっていいのかよ』
「君は簡単に誰かに話す子じゃないと思ったから。信じてくれて、ありがとう」
『信じると決めたのは俺だ。アンタに礼を言われる謂れはない』
「男前だ~。じゃあ、君は何であんなに強いんだ?何か格闘技系やってるの?」
『へぇ。"じゃあ"ってことは、その副作用とやらは人の身体能力を上げるのか』
「……ほんと鋭いな~」
『残念ながら、格闘技とかはやってないよ。喧嘩の仕方は、見よう見真似ってやつ。テレビとか本の』
「見よう見真似であそこまで鮮やかにできるもん?!」
『鮮やかかどうかは知らないけど、できてるんだから、できるもんなんだろ』
「………」
絶句している俺を余所に、黒宮騎暖はこの話題に興味を失くしたように校庭に視線を落とした。
その横顔を見てふと思ったことを口にした。
「学校って、他にも暇を潰す場所ぐらいあるだろ。何でここに入り浸ってんの?やっぱり眺めがいいから?」
『それはさっきの話とは関係ないな』
「……断定?何でそう思うの?」
『声色が変わったから。……深く考えたことない。けど、別にここが好きなわけじゃない。どちらかと言えば、嫌い』
「え。嫌いなの?」
『最近はそうでもないんだけどな。前よりはここが好きになったんだけど、嫌いな理由は空が遠いから』
「空が、遠い……」
『そ。でもここに入り浸るのは、開放感があって自由だから、かな。どこよりも……きっと……』
「自由がいいんだ?」
『自由というか、教室にも俺のいる場所なんてないから』
"教室にも"、か。
「何で?友達と喧嘩でもしたのか?」
『友達なんていないよ。あそこで学ぶことなんて何もないから行かないだけ』
「勉強は?」
『あんなところでするより図書室でやってた方がよっぽど捗る』
「図書室では勉強してるんだ。教室はそんなにダメ?」
『だって授業中だろうとお構いなく五月蝿くて集中できない。静かにしてほしいと言ったところで、逆にそれを囃し立てやがって……。あまりにもイライラしたから教壇を蹴飛ばして教室を出てきたんだ。そしたらあんなところに戻るのもバカらしくなった』
「本当に君はアグレッシブだな。先生は?」
『諦めて注意しない。あの馬鹿共が学ぶ権利を放棄しようとどうでもいいが、こっちの権利行使まで邪魔しないでほしいね。まったく』
なるほど。この子は真面目過ぎて社会に馴染むことができないタイプか。
けど。
「それだけじゃないんだろ?クラスで勉強しなくなった理由」
『……何で?』
「う~ん、何となく?」
『……はぁ、アンタも十分いい勘してるよ。人のこと言えねェじゃん。それとも、精神科医だからできる技?』
「そりゃどうも。そんな大したもんじゃないけどね」
『詰まらない話しだぞ?』
「それでも、君に差し支えがないなら教えてほしいな。君に興味があるって言ったろ?」
『……俺、前は成績よかったんだ。これでも。学年1位になったこともある』
「すごいじゃん、学年1位!!」
『でも、勉強ができても意味がないって言われたから』
「なんだそりゃ。妬み?誰が言ったの、そんなこと」
『父親』
「――――――」
キーンコーンカーンコーン
鳴り響いたチャイムがやけに五月蝿い。
屋上という太陽に一番近い場所のせいか、脳の思考力が低下したせいか。思考が上手く働いてくれない感覚に陥る。
どうして、子どもを一番身近で守ることができ、守るべき人間が、子どもをこうも簡単に傷付けるのだろう。
そこは褒めるところだろうに、何故そんな言葉が出るのか。些細な言葉でも子どもは傷付く。それが親に言われた言葉なら、他の人に言われるよりも。ずっと。
『俺、三姉妹の真ん中なんだ』
「え、三姉妹なの!?てっきりお兄さんがいるもんだと思った」
『よく言われる。こんなんだからな。――――――アンタは好きの反対はなんだと思う?』
「……好きの反対は嫌いじゃない。無関心だ」
『俺も同感。……一番上の子と一番下の子は可愛がられるけど、真ん中の子は蔑ろにされがちってよく言うだろ?ウチはそれを具現化したような家族でさ。特に親父がそうなんだ。親父は俺に対しては無関心だ。姉や妹を褒めているところは何度も目にしてきたが、俺にはそんな記憶がない』
「だからってそんな言い方っ……お母さんは?」
『いるけど平和主義者で親父に言い返したりとかしない人だから。俺が親父に何をされても言われても、口は出さない。ま、親父に口では負けないけど』
どうして、子どもに真っ先に手を差し延べることができ、差し延べるべき人間が、こうも簡単に見捨てることができるのだろう。
そこでふと気が付いた。
彼女の強さの原因は、これか。
『勉強の件に関して言えば親父が言うことも一理あるとは思うけど、何か自分がやって来たことが馬鹿らしく思えて……する気なくなった。それなのに勉強することが癖になってるのか、する気はないのに完全には止められない。ま、勉強して知らないことを知るのは楽しいけどね。それでもたまに、自分は何やってんだろうって思う』
守ってくれる人間がいなかったから、自分で自分を守るしかなかったのか。
「……他には、何て言われたことあるか訊いてもいい?」
『他?社会不適合者だとか、お前は歪んでる、どうしてそんなに歪んだのかわからない、とか?……自分でもその通りだと思うけどね。クラスにも馴染めてないし、性格も相当だし』
自分で聞いといて目眩がした。何でこんな事が言える?自分の子どもに。
でも、この目眩はそれだけじゃなくて。
「ちょっ、とその親父さん連れて来いよ。一発殴ってやるから」
『…………』
それにこの話し様、彼女は与えられる痛みに慣れてしまっている。小さい頃からそれが日常だったのなら、ありえる話だ。それだけではなく客観的に自分を見ることによって事実だと受け入れ、痛みを緩和している節もある気がする。そうやって自分の心を守ってる。
思わずした頭痛に頭を押さえていると、黒宮騎暖がじっとこちらを見ているのに気が付いた。
「何?どうかした?」
『いや、昨日も思ったんだけど、やっぱり似てるなぁと思って。――――――ああ、だからこんなにも自分の事をペラペラ話してるのか』
「え、誰が誰に似てるって?」
『アンタが、アンタの知らない奴に』
一人で納得し、どこか遠くを見ながら微かに笑った彼女は俺に視線を移した。
『ずっと気になってたんだけどさ、普通叱らないか?授業サボってたんだぞ?一応先生にあたるんだろう、アンタ』
「まあね。でも勉強ができても意味がないからな~」
『ハッ、何だそれ』
俺の言葉を笑い飛ばした彼女は、先程まで見下ろしていた運動場に背を向けた。
『話しはそれだけ?』
「え?」
『次の授業があるから、話しがないなら俺は行く』
「あ、次は出るんだ」
『悲しいかな、出席日数があるからな』
それじゃあなと言って黒宮騎暖は屋上を後にした。
「ほんっと、男前だな~。……つうか、」
乱暴に頭を掻いた。
「似過ぎだろ」
先程感じた目眩。黒宮騎暖のことだけで感じたものじゃない。
似てるんだ。驚くほどに。先程話した少女と。"彼女"の境遇が。淡々と話す黒宮騎暖という少女が、俺の患者である彼女とダブって見える程に。
だから、そのせいだ。
「まったく、なんて腐った世の中なんだ」
「あれ、騎暖?」
『やっぱり来たか』
屋上から続く階段を降りて行く途中、下から上がってきたクラスメイトと鉢合わせした。
「どこか行くの?」
『授業に決まってるだろ。ここは学校だぜ?』
「君の口から授業に行くという言葉が出てくることが珍しいのがいけないんだろ」
『授業に出ろ出ろって五月蝿い奴が何を言うか。体育の後まで呼びにくるなよ』
「まあ呼びに行くのは騎暖のためだけじゃないんだけどね。僕が騎暖に授業前に話したかったから」
『……話って、何を?』
「特に何をって言うわけじゃないけどさ」
『――――――』
困ったように笑うコイツは本当に恥ずかしい奴だと思う。こういう奴を天然のタラシというのだろうか。
こんな奴にあの場所を嫌いから好きに変えられつつあるという事実が悲しく思える。
「じゃあ行こうか。そろそろ男子も着替え終わって教室に入れるだろうし」
『わかってる』
脳内停止させた奴が何を言うかと悪態を吐きつつ、何の事?ととぼける拓人の横を通り過ぎる。
「姫~」
『――――――あぁ?!』
「え……夏草、先生?何で?」
上から投げ掛けられたふざけた単語。さっきまで話してた声に上を見上げると、屋上を出た踊り場に肘をついて見下ろしている精神科医と目が合った。
「俺、火・木はここの心理カウンセリング室っていうところにいるから、いつでも遊びにおいで」
『誰が行くか!!』
「なんなら俺がいない曜日も入れるよう合い鍵も渡しとくけど?」
『いらんわ!!行くぞ拓人!』
「え、ちょっ、騎暖!?何今の!」
またねと言いながらヒラヒラと手を振るふざけた精神科医とごちゃごちゃ言う拓人を無視し、階段を足早に降りた。
何故か熱い顔が鬱陶しかった。
『ちゃん付けは止めろ。そんなキャラじゃないのはアンタもよく知ってるだろ』
「あ、ああ。ごめん」
再び背を向ける黒宮騎暖に咄嗟に謝ってしまったが、何で謝ってんだ俺は。
「でも女の子なんだから、やっぱり"ちゃん"だろ?それとも"さん"がいい?改めまして、は
なつくさななみ
じめまして。夏草七味だ」
『どうでもいいよ、呼び方なんて。アンタと別に関わる気はないから』
「そんなつれないこと言うなよ。」
苦笑しながら彼女の隣に立つ。体育をしている生徒たちがパラパラと動き回っているのがよく見えた。爽やかな風が髪を撫でる。
「いい眺めだな。ここにいたくなるのがよくわかる」
『……で?』
「ん?」
『精神科医の先生が何の用?』
「ああ、朝礼はちゃんと出てるんだ。偉いじゃん――――――」
『まさか。ここから聞いてただけ。というか、聞こえてただけ』
「…………」
今朝、校庭で行われた全校生徒朝礼。そこでした自己紹介の内容を知っていたから朝礼にはちゃんと出てるのかと思いきや、そゆこと……。そういえば、聞き覚えがある声と言っていたな。
「でもちゃんと聞いてるのか。真面目だな~」
『で?何?先生たちにでも話しを聞いてやってくれとでも言われて来たのか?』
あ、図星。
「勘がいいんだな」
『……そこは普通誤魔化すところじゃないのか?』
「君みたいな鋭い子には無意味だからね、そういうの。確かに俺は先生方に頼まれて黒宮騎暖という生徒と話しをしにきた。けど、昨日の君だとわかって気が変わった」
『は?』
「俺は昨日会った子として、君と話しがしたいんだよ。君に興味があったから」
『俺に、興味?』
「そ。だから色々訊きたいんだ」
『……アンタ、物好きだな』
「あははー、よく言われる」
これを肯定と取った俺は、一番重要な質問をすることにした。大事な話は先に済ませておいた方がいい。
すなはし
「君さ、砂橋国立大学病院に大きい怪我や病気で入院したことはない?」
『何でそんなこと、アンタに言わなきゃいけねェんだよ』
「ですよね~」
間髪入れずに突っ込まれた。まあ個人情報だから当たり前か。仕方ない。
一呼吸置いて、腹を決める。色々話を訊きたいなら、こちらも隠し事はできない。
「実は俺はある仕事の一環でこの学校に来たんだ」
『ある仕事?』
「ある病院に女の子が入院することになった。病気でね。すぐ治る病気だったんだけど、処方された薬が合わず危篤状態になった。……まあ、医療ミスってやつだ。その病院は国が管理している病院だったから、医療ミスなんてバレたら大問題。その危機を脱するためにある薬が使われることが決定した」
『…………』
「その薬はまだ動物実験の段階のもので、ちゃんとした効果を実証していなかった。なのに、病院はそれを使った。結果その女の子は助かった。病院はそれで安心して使いまくったんだけど、そこでまた問題が生じた。それが、副作用。その女の子は薬の副作用で普通には生きることが難しくなってしまった。そしてその子以外の、その薬を使われた人達も問題行動を起こすようになってしまったんだよ。本人達は無自覚だから病院には好都合。秘密裏にその人達を探し出すのが俺の、俺達の仕事だ」
『…………』
「……あー、信じられないよな。こんなこと急に言われても。結構端折ってるし」
『――――――ない』
「へ?」
『砂橋っていう病院は知ってはいるけど、行ったことはない。だから俺はその変な薬の副作用に当てられることもない』
「信じて、くれるのか?こんな詰まらないSFじみた話」
はな
『精神科医の先生が掛け持ちで一介の高校に来るなんて、最初からおかしいと思ってたんだ。これで筋が通る。それだけだ。……それに、その女の子が出てくるところのアンタ、すごい顔してた』
「すごい顔って……」
どんな顔だ。それにしても、頭の回転が速いな。この子は。
『そんなことより、その秘密裏の事を俺に話しちまっていいのかよ』
「君は簡単に誰かに話す子じゃないと思ったから。信じてくれて、ありがとう」
『信じると決めたのは俺だ。アンタに礼を言われる謂れはない』
「男前だ~。じゃあ、君は何であんなに強いんだ?何か格闘技系やってるの?」
『へぇ。"じゃあ"ってことは、その副作用とやらは人の身体能力を上げるのか』
「……ほんと鋭いな~」
『残念ながら、格闘技とかはやってないよ。喧嘩の仕方は、見よう見真似ってやつ。テレビとか本の』
「見よう見真似であそこまで鮮やかにできるもん?!」
『鮮やかかどうかは知らないけど、できてるんだから、できるもんなんだろ』
「………」
絶句している俺を余所に、黒宮騎暖はこの話題に興味を失くしたように校庭に視線を落とした。
その横顔を見てふと思ったことを口にした。
「学校って、他にも暇を潰す場所ぐらいあるだろ。何でここに入り浸ってんの?やっぱり眺めがいいから?」
『それはさっきの話とは関係ないな』
「……断定?何でそう思うの?」
『声色が変わったから。……深く考えたことない。けど、別にここが好きなわけじゃない。どちらかと言えば、嫌い』
「え。嫌いなの?」
『最近はそうでもないんだけどな。前よりはここが好きになったんだけど、嫌いな理由は空が遠いから』
「空が、遠い……」
『そ。でもここに入り浸るのは、開放感があって自由だから、かな。どこよりも……きっと……』
「自由がいいんだ?」
『自由というか、教室にも俺のいる場所なんてないから』
"教室にも"、か。
「何で?友達と喧嘩でもしたのか?」
『友達なんていないよ。あそこで学ぶことなんて何もないから行かないだけ』
「勉強は?」
『あんなところでするより図書室でやってた方がよっぽど捗る』
「図書室では勉強してるんだ。教室はそんなにダメ?」
『だって授業中だろうとお構いなく五月蝿くて集中できない。静かにしてほしいと言ったところで、逆にそれを囃し立てやがって……。あまりにもイライラしたから教壇を蹴飛ばして教室を出てきたんだ。そしたらあんなところに戻るのもバカらしくなった』
「本当に君はアグレッシブだな。先生は?」
『諦めて注意しない。あの馬鹿共が学ぶ権利を放棄しようとどうでもいいが、こっちの権利行使まで邪魔しないでほしいね。まったく』
なるほど。この子は真面目過ぎて社会に馴染むことができないタイプか。
けど。
「それだけじゃないんだろ?クラスで勉強しなくなった理由」
『……何で?』
「う~ん、何となく?」
『……はぁ、アンタも十分いい勘してるよ。人のこと言えねェじゃん。それとも、精神科医だからできる技?』
「そりゃどうも。そんな大したもんじゃないけどね」
『詰まらない話しだぞ?』
「それでも、君に差し支えがないなら教えてほしいな。君に興味があるって言ったろ?」
『……俺、前は成績よかったんだ。これでも。学年1位になったこともある』
「すごいじゃん、学年1位!!」
『でも、勉強ができても意味がないって言われたから』
「なんだそりゃ。妬み?誰が言ったの、そんなこと」
『父親』
「――――――」
キーンコーンカーンコーン
鳴り響いたチャイムがやけに五月蝿い。
屋上という太陽に一番近い場所のせいか、脳の思考力が低下したせいか。思考が上手く働いてくれない感覚に陥る。
どうして、子どもを一番身近で守ることができ、守るべき人間が、子どもをこうも簡単に傷付けるのだろう。
そこは褒めるところだろうに、何故そんな言葉が出るのか。些細な言葉でも子どもは傷付く。それが親に言われた言葉なら、他の人に言われるよりも。ずっと。
『俺、三姉妹の真ん中なんだ』
「え、三姉妹なの!?てっきりお兄さんがいるもんだと思った」
『よく言われる。こんなんだからな。――――――アンタは好きの反対はなんだと思う?』
「……好きの反対は嫌いじゃない。無関心だ」
『俺も同感。……一番上の子と一番下の子は可愛がられるけど、真ん中の子は蔑ろにされがちってよく言うだろ?ウチはそれを具現化したような家族でさ。特に親父がそうなんだ。親父は俺に対しては無関心だ。姉や妹を褒めているところは何度も目にしてきたが、俺にはそんな記憶がない』
「だからってそんな言い方っ……お母さんは?」
『いるけど平和主義者で親父に言い返したりとかしない人だから。俺が親父に何をされても言われても、口は出さない。ま、親父に口では負けないけど』
どうして、子どもに真っ先に手を差し延べることができ、差し延べるべき人間が、こうも簡単に見捨てることができるのだろう。
そこでふと気が付いた。
彼女の強さの原因は、これか。
『勉強の件に関して言えば親父が言うことも一理あるとは思うけど、何か自分がやって来たことが馬鹿らしく思えて……する気なくなった。それなのに勉強することが癖になってるのか、する気はないのに完全には止められない。ま、勉強して知らないことを知るのは楽しいけどね。それでもたまに、自分は何やってんだろうって思う』
守ってくれる人間がいなかったから、自分で自分を守るしかなかったのか。
「……他には、何て言われたことあるか訊いてもいい?」
『他?社会不適合者だとか、お前は歪んでる、どうしてそんなに歪んだのかわからない、とか?……自分でもその通りだと思うけどね。クラスにも馴染めてないし、性格も相当だし』
自分で聞いといて目眩がした。何でこんな事が言える?自分の子どもに。
でも、この目眩はそれだけじゃなくて。
「ちょっ、とその親父さん連れて来いよ。一発殴ってやるから」
『…………』
それにこの話し様、彼女は与えられる痛みに慣れてしまっている。小さい頃からそれが日常だったのなら、ありえる話だ。それだけではなく客観的に自分を見ることによって事実だと受け入れ、痛みを緩和している節もある気がする。そうやって自分の心を守ってる。
思わずした頭痛に頭を押さえていると、黒宮騎暖がじっとこちらを見ているのに気が付いた。
「何?どうかした?」
『いや、昨日も思ったんだけど、やっぱり似てるなぁと思って。――――――ああ、だからこんなにも自分の事をペラペラ話してるのか』
「え、誰が誰に似てるって?」
『アンタが、アンタの知らない奴に』
一人で納得し、どこか遠くを見ながら微かに笑った彼女は俺に視線を移した。
『ずっと気になってたんだけどさ、普通叱らないか?授業サボってたんだぞ?一応先生にあたるんだろう、アンタ』
「まあね。でも勉強ができても意味がないからな~」
『ハッ、何だそれ』
俺の言葉を笑い飛ばした彼女は、先程まで見下ろしていた運動場に背を向けた。
『話しはそれだけ?』
「え?」
『次の授業があるから、話しがないなら俺は行く』
「あ、次は出るんだ」
『悲しいかな、出席日数があるからな』
それじゃあなと言って黒宮騎暖は屋上を後にした。
「ほんっと、男前だな~。……つうか、」
乱暴に頭を掻いた。
「似過ぎだろ」
先程感じた目眩。黒宮騎暖のことだけで感じたものじゃない。
似てるんだ。驚くほどに。先程話した少女と。"彼女"の境遇が。淡々と話す黒宮騎暖という少女が、俺の患者である彼女とダブって見える程に。
だから、そのせいだ。
「まったく、なんて腐った世の中なんだ」
黒宮騎暖という少女
「あれ、騎暖?」
『やっぱり来たか』
屋上から続く階段を降りて行く途中、下から上がってきたクラスメイトと鉢合わせした。
「どこか行くの?」
『授業に決まってるだろ。ここは学校だぜ?』
「君の口から授業に行くという言葉が出てくることが珍しいのがいけないんだろ」
『授業に出ろ出ろって五月蝿い奴が何を言うか。体育の後まで呼びにくるなよ』
「まあ呼びに行くのは騎暖のためだけじゃないんだけどね。僕が騎暖に授業前に話したかったから」
『……話って、何を?』
「特に何をって言うわけじゃないけどさ」
『――――――』
困ったように笑うコイツは本当に恥ずかしい奴だと思う。こういう奴を天然のタラシというのだろうか。
こんな奴にあの場所を嫌いから好きに変えられつつあるという事実が悲しく思える。
「じゃあ行こうか。そろそろ男子も着替え終わって教室に入れるだろうし」
『わかってる』
脳内停止させた奴が何を言うかと悪態を吐きつつ、何の事?ととぼける拓人の横を通り過ぎる。
「姫~」
『――――――あぁ?!』
「え……夏草、先生?何で?」
上から投げ掛けられたふざけた単語。さっきまで話してた声に上を見上げると、屋上を出た踊り場に肘をついて見下ろしている精神科医と目が合った。
「俺、火・木はここの心理カウンセリング室っていうところにいるから、いつでも遊びにおいで」
『誰が行くか!!』
「なんなら俺がいない曜日も入れるよう合い鍵も渡しとくけど?」
『いらんわ!!行くぞ拓人!』
「え、ちょっ、騎暖!?何今の!」
またねと言いながらヒラヒラと手を振るふざけた精神科医とごちゃごちゃ言う拓人を無視し、階段を足早に降りた。
何故か熱い顔が鬱陶しかった。
PR
この記事にコメントする
カレンダー
12 | 2025/01 | 02 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | |||
5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
カテゴリー
フリーエリア
最新TB
ブログ内検索
カウンター