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月灯りの下

闇の世界に差し込む光を追い求めて

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只今、謎の連続窒息死殺人事件捜査中!(前編)

「おはようござい……ます」

 いつものように特使捜査課の扉を開けると、ホワイトボードに向かい合って座る先輩の背中が目に入った。ホワイトボードには、2枚の写真と文字が書かれている。
 こういう場合、先輩は俺に気付かないほど集中していることが多い。なぜなら――――――

「事件ですか、先輩」
『……ああ、秋木。来てたのか。おはよう』
「おはようございます。で、今回のヤマは?」

ホワイトボードに近付いていくと先輩の視界に入るため、ここで漸く気付いてもらえる。
 
『連続殺人事件だ』


只今、謎の連続窒息死殺人事件捜査中!(前編)



『今朝未明、河原で男性の死体が発見された』

 先輩はホワイトボードの前に立ち、指し棒で左にある写真をピシッと叩いた。
 今、俺は先輩がさっきまで座っていた椅子に座り、先輩がいつの間にか得てきた情報を講義されている。

         ひしなか なおひと
『二人目の被害者、菱中 均等氏30歳。会社員。頭に何かで殴られた痕があったが、死因は窒息死。凶器は不明だが、傷跡から塗料と錆びが採取されている。死体の様子から、殺害現場は別のところで、犯人がここまで運んできたと思われる。恐らく車を使って運び、土手に捨てられたんだろう。身体中に土手にあった草が付着しており、同じものだということだ』
「二人目、ということは一人目の被害者というのは、ひょっとして1週間ほど前に発見された方ですか?」
『よくわかったな。その通りだ』

 特使捜査課は、他の部署からくる応援要請に応える課である。基本的には。しかし、先輩が事件を拾ってくることもある。今日の事件はそれだ。先輩がいつどんな事件を拾ってきてもついて行けるよう、俺は事件は逐一チェックしている。確かちょうど一週間ほど前に窒息死した男性が発見されるという事件があった。
 今度は右の写真がピシッと叩かれた。

 きくたつやひこ
『菊達 冶彦氏27歳。大学院生。こちらも殴られた痕があり、傷跡から塗料と錆びが採取されている。死因は同じく窒息死』
「確か、深夜路上で発見されたんですよね」
『そうだ。菱中氏同様、犯人が発見現場まで車で運び、路上に遺棄したんだろう』
「でも何で連続殺人なんですか?犯人は別かもしれないじゃないっスか」

 殺害方法は自ずと限られてくるものだ。死因が同じだからといって同一犯だとは限らない。遺棄の仕方も然りだ。

『秋木の意見にも一理ある。私が連続殺人だという根拠は3つ。まず根拠1は死因』
「窒息死なんて珍しくないっスよ?」
『問題は窒息死のさせ方だ』

 そう言って捜査資料を開いてデスクに置かれた。そこには第一の被害者・菊達冶彦の死体発見時の写真が貼ってあった。そしてもう1冊、第二の被害者・菱中均等の発見時の写真が貼ってあるページが開かれ、デスクに置かれる。
 菊達冶彦は確かに土や草で汚れている。菱中均等は擦過傷が見られるが、特に目立った外傷はないようだ。
両者とも顔が赤くむくんでいる。が、特に変わったことは――――――

     さくじょうこん
「ん?あれ、索 条 痕がない」

 索条痕とは、首を絞められた時にできるロープなどの痕のことである。殺人事件の中でも窒息死の原因として多いのが絞殺によるものだ。何かで首を締めれば、その何かの痕が被害者の首に残る。しかし、今回はその痕跡はない。

『その通り。代わりに両人共に鼻と口に粘着物が付着していた』
「ということは、ガムテープか何かで塞がれていたってことっスかね?」
『恐らくな。そして根拠2は、肺だ』
「肺?」
『二人の肺はパンパンに膨れていたそうだ。まるで思い切り息を吸い込んだように。それも破裂限界まで』
「破裂って」

 頭を振って、思わず想像してしまった映像を掻き消した。

「……でも妙っスね。思い切り息を吸い込んでから、鼻と口を塞がれたってことになりますよね?」

 水の中に沈められそうになったために思い切り息を吸ったと言うのならわかるが、そういうわけではなさそうだ。

『ああ。しかし、鼻か口のどちらかが塞がれた状態で、更にどちらかが塞がれそうになれば、息を溜め込んだところで吐くこともできず無意味だ。……肺の膨らみ具合から、本人達が吸ったのではなく何者かが無理矢理空気を吸わせた、というのが鑑識の見解だ』
「……苦しいっスね」
『何故そんな惨いことをしたのか、どうやってそんなことをしたのか。それが今回の鍵だ。そして、もう一つの鍵である根拠3』

 ペラペラと捜査資料を捲る。繰るのを止めたページにも写真が貼ってある。害者の手首と足首が写された写真のようだ。両者の肌には赤いラインが浮かんでいる。これは、

「何かで縛られた跡、っスか」
『そうだ。太さは約4cm。紐の類にしては太過ぎるし、ロープや紐に見られる網目の跡もない』

 先輩の言う通り、手首同士、足首同士が接触している部分と巻き損ねた隙間以外は、綺麗に赤く鬱血していた。まるで赤い帯のようだ。

『こんな跡は見たことがない。何で縛られた跡なのか、これも犯人に繋がる手掛かりだ』
「で、これからは何を?」
『同一犯による害者には、必ず共通点があるはずだ。今から害者と親しかった人間を当たり、それを探す。捜査資料に目を通したが、見当たらなかったからな』
「でも無差別犯っていう可能性もありえますよね?」
『無差別殺人なんてものはね、あってないようなものだよ。人間は何かと理由付けしたがる生き物だ。無意識下でもそれをやってしまう。だからこそ、人間のやることには必ず理由が存在する。殺人の場合でも同様。その人に対しては何の怨みも抱いてなくても、その人の行動や仕草、揚句には容姿に怨みを持って殺してしまう。それを無差別殺人と世間一般では呼んでいる場合があるが、犯人からしてみればちゃんと理由を持って選んでるんだよ。そして、その理由を探し出してやれば、自ずと犯人に行き着く』
「なるほど。勉強になります」
『それじゃあ行くぞ』
「はいっス」

 まず俺達が訪ねたのは、菱中均等の家だった。彼は奥さんと一軒家に住んでいた。奥さんが育てたんであろう草花が綺麗に咲き誇っていた。

『均等氏は、どのような方でしたか』
「夫は、真面目で誠実で優しくて……、私のこと、いつも気遣ってくれていて……」
『では、均等氏が誰かと揉めていたり、誰かに恨まれていたということは』
「私の知るかぎりではありません!なのに、あんなっ……」
『お気持ち、お察しします。ですが、彼をあのようなことにした犯人を探し出すために、もう少しご協力願います』
「もちろんです!私に出来ることがあれば、何なりと!」
『ありがとうございます。では、均等氏の趣味などを教えていただけますか?』
「趣味、ですか。映画鑑賞が好きな人でした。DVDを借りて来ては、よく一緒に家で観てました」
『では、お休みの日も?』
「はい……。DVDは主人が借りてきたものだったり、私が借りてきたものだったり、2人で借りてきたものだったり、様々でした」
『何か習い事とか、会社の帰りに寄る所などに心当たりはありますか?』
「いいえ、習い事もしていませんし……、帰りも会社へ行く途中にあるレンタルショップへ寄るぐらいだと思います」
『そうですか。では……、この男性に見覚えはありませんか?』

 先輩の視線に促され、俺は1枚の写真を取り出し奥さんに見せた。菊達さんの写真だ。

「いいえ……見覚えはありませんけど……。まさかこの人が主人を?!」
『犯人ではありません。まだ詳しくは言えませんが、彼も被害者の一人です』

 その後2、3質問し、お暇した。
 奥さんが「よろしくお願いします」と頭を下げて俺達を見送ってくれた。玄関先で咲き誇っている草花に囲まれ、2台の自転車が時に忘れ去られたように置かれていた。質問に涙を堪えながらも答える奥さんの姿を思い出し、太陽の光りで輝くそれらは儚く映った。
 次に向かったのは、菱中さんが働いていた金融系の会社だった。そこでも先輩は奥さんにした同じ問いを投げかけていた。答えはあまり大差なかったが、最初の問いだけは少し違っていた。

「菱中はウチでは監査をしていましたが、真面目で優秀な奴でした。不正は絶対に許さない!っていうタイプで、監査にピッタリな性格してましたよ。アイツ。……菱中が誰かと揉めていたり、誰かに恨まれていたこと、ですか?恨みとは行きませんが、細かいところも気にし過ぎるくらい気にするし、融通もなかなかに利かない奴だったので、衝突することはあったみたいですよ」

「恨まれている可能性、出てきましたね」
『まあ、その怨恨の線は捜一が洗ってるだろう。その線から共通点が出るといいんだが……。取り敢えず、私達は次に行くぞ』
「はいっス」

 次に向かったのは、菊達冶彦が通う大学院。彼は一人暮らしをしていたため、まずは同じゼミの学生に話しを聞いた。

「菊達冶彦くんって、どんな子でした?」
「どんな、ねえ……まあ、普通に明るい奴でしたよ。少しチャラついてるって感じも含めてですけど。誰とでも仲良くなれるタイプですね。ただ喧嘩っ早くて負けず嫌いなところはありましたよ」
「じゃあ、菊達くんが誰かと揉めていたり、誰かに恨まれていたということはありました?」
「あ~、どうだろう。喧嘩とかはありましたけど、持ち前の明るさ?で仲直りも早い奴でしたから」
「そうですか。じゃあ、菊達くんの趣味とか知ってますか?」
「あいつ、自転車好きでしたね。ロードバイク。休みの日とか色々走りに行ってたみたいですよ。……ああ、そういえば」
「何か?」
「いや、アイツクレーマーみたいなとこあったなと思って」
「クレーマー?」
「まあ相手の落ち度があってのクレームでしたけど、何かあればすぐ電話して結構キツく文句言ってましたよ」
「そう、ですか。じゃあ、学校帰りに決まって寄る所とかありましたか?」
「バイトしてましたから、そこぐらいですかね。あ、あとは自転車屋。何て言うのか知りませんが、ロードバイクの改造とかメンテナンスとかも自分でやってましたから、そういうもの買いによく行ってたみたいですよ」
「そう、か。じゃあ、この男性に見覚えはないですかね?」

 先程同様、菱中さんの写真を取り出して見せた。

「いや~、知りませんけど。容疑者か何か?」
「いや、そういう訳じゃないんスけどね」

 その後2、3質問し、大学院の担当教授を訪ね、バイト先へと向かった。

「明るくて元気な子でしたよ。まあ、お客様のクレームに対して強めに言い返すという問題はありましたけどね。バイトでも店に出ている以上、もう少し誠意ある対応をしてほしいというのがこっちの要望でしたよ」

 店長やバイトの子に話しを聞いたが、性格や趣味については違いはなかった。

『活発で明るい子で、誰にでも話しかけていくタイプ。ディベートのような場では、自分の意見をガンガン言っていく負けず嫌い、ねぇ。どの人も評価は変わらずか』

 聞き込みを終えて車の中、今しがた得てきた情報を先輩が反芻していた。

「大学院の担当教授の言ってた人物像っスよね、それ」
『ああ。今のところ2人の共通点は、喧嘩っ早いというか負けず嫌いということだけだな』
「趣味も違いますし、2人に接点もなさそうでしたもんね。住んでるところは車で30分ほどの距離で近いほうかもしれませんが」
『だが、人格面の共通点じゃ弱い。他に共通点があるはずだが……』
「取り敢えず、今日は帰りますか?それとも何か食べて作戦会議でもします?」
『ああ、そうだ、な――――――ッ!』
「せ、先輩?!」

 先輩がいきなり言葉を詰まらせたと思ったら、いきなり車のラジオの音量を上げた。

《――――――亡しているのが発見されました。詳しいことはわかっていませんが、警察は身元を特定すると共に、頭部に殴られたような痕があったことから事件として捜査を進めています》

「え、外傷がない死体って……、これってまさか」
『《本日18時頃、森林公園の敷地内で男性が死亡しているのが発見され》た。……今は18時17分。着く頃には死因くらいわかってるだろ。秋木、現場!』
「はいっス!」

 俺はハンドルを握る手に力を込めた。
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