月灯りの下
闇の世界に差し込む光を追い求めて
[199] [198] [197] [196] [195] [194] [193] [192] [191] [190] [189]
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完治したのに痛む傷痕
授業中。
事件は、起こった。
※チラッと血の表現が出てきます。
事件は、起こった。
※チラッと血の表現が出てきます。
「ふぁ~~~~……ねむっ」
『長い』
「仕方ないじゃんよー、眠いんだもの」
『どーせゲームでもして夜更かししてたんだろ』
「何故わかる!?もしや、エスパー……!」
『誰でもわかるわボケ。……にしても、うるせェ』
今は次の授業に向けての放課中、いつものようにオレ達は教室でダベっていた。ただいつもと違うのは、教室が少し賑やかというところ。
何を隠そう、次の授業は保健。女子とは別れての授業なのだ。
だから教室には男子のみ。もう1クラス、違うクラスとの合同授業のせいなのか、はたまた男子しかいないという状況のせいなのか、保健と体育の授業前の放課はいつも賑やかだった。
「いつも思うけど、女子会ならぬ男子会って感じだよな~」
『男子会って、やったことねェだろそんなもん。ま、男子も女子もそう大差ないってことだろ』
「ははっ、そうかもな」
―――キーンコーンカーンコーン
ここで放課終了。もっと長くてもいいのにな~。で、授業は短く……――――――
『できるか。さっさと席に就け』
「スミマセン、もうナチュラルに心の声に突っ込むのヤメタゲテ」
エスパー嵐って呼ぶぞコラ。
『呼んだらハッ倒すぞコラ』
「ハイ、スミマセンでした嵐様」
席はクラス別、番号順と決められている。そのため、後半クラスであるオレは真ん中の一番前の席。嵐は窓際の一番前後ろだ。
嵐の席から移動し席につくと同時に扉が開き、先生が入ってきた。
なんていうグッドタイミング!先生に注意されることなく席につけたことに、ちょっとだけ嵐に感謝しようと思う。ちょっとだけ。
「はい、号令」
「きりーつ。礼」
先生が教壇につくと、号令を任せている保健係に声をかけた。
漫画とかでは「着席」の号令があって座るが、そんな号令がなくてもみんなガタガタと座っていくのが現実だったりする。
「それじゃあ、この間の続きから行くぞー。教科書18、19ページ開け」
この前の授業から、喫煙と健康という単元に入っていた。1にちで終わるはずだったこの単元、体育会系の先生はそれはそれは熱く語り、今日まで続いてしまっている。そして今日も、熱い。
たつにい
竜兄たまに吸うからヤバいじゃん。帰ったら教えてあげよう。なんていう思いに反して、オレは眠くなってきた。
ヤベッ、頑張れオレ……!
「――――――じゃあ話しはこれくらいにして、喫煙に関するビデオを見る。窓際の奴はカーテン閉めてくれ。いいか、寝るなよー」
せんせー、最後の一言はオレに言ってますかー?
薄暗くされた教室に流れる女の人のナレーション。チカチカと光るテレビ。眠気を誘うには十分なシチュエーションだ。
ああ、もう、ダメ……。
―――ガターン
「んあ……?もう終わった?」
うとうとしていた俺を硬質音がたたき起こした。今のは椅子が倒れた音か?……ああ、アレか。起立と同時に誰かが椅子を倒したのか。
教室がざわざわと五月蝿い。倒した奴を野次っているのか?ほっといてやれよ、きっと待ち遠しかったんだよ、放課が。勢いづいちゃったんだよ。っていうか、オレも起きないと先生に叱られ――――――
「夜凪!」
「――――――ッ嵐?」
初めて聞いた先生の焦りを含んだ声に、オレの意識は一気に覚醒した。先生が横を通って行くのを視界の端に映り、つられて後ろを見る。
「ぇ、ちょ、嵐!?」
部屋はまだ薄暗いが、嵐が椅子から落ちて床に座り込んでいるのが分かった。急いでオレも嵐のところへと向かう。
嵐は右手で左の脇腹を、左手で口を押さえて咳込んでいた。カーテン越しの光から、顔が真っ青だということが分かる。
「おい、夜凪!大丈夫か!?」
『ぅッ、す、すみませ……ッ』
「ちょ、嵐――――――」
「無理するな。すぐ戻って来るから、全員教室から出るなよ!」
「先生、俺も……!」
「帰ってきたら授業再開するから待ってろ、秋木」
嵐は先生に支えられながら、ざわつく教室を縫って出ていった。それを皮切りに、教室を放課並の賑やかさが支配した。
オレはというと、嵐の見たこともない、どこか痛々しさを感じた姿にただただ驚いていた。嵐は激しい運動をした後に、保健室送りなることはよくあった。けど、今日はそうじゃない。そうじゃ、ない――――――。
「夜凪どうしたんだろう?」
「あれじゃね?さっきのビデオ。肺が出てきた後だったじゃん?倒れたの」
「あ~、グロいのダメってやつか」
「ハッ、顔と同じで女々しいな」
「ふざけるな!!」
「っ秋木……!」
いつも嵐をからかって喧嘩してる奴らだった。せせら笑いながら言われた台詞に、さすがのオレもこれにはカチーンときた。
「倒れた原因もまだはっきりわからないのに好き勝手言うんじゃねーよ!百歩譲ってグロいのが苦手だったとしても、女々しいって何だよ!誰だって苦手なモンあるだろ!苦手なモンの前に出れば、どーせお前らだって女々しくなるんだからな!」
オレだって母さんが本気で怒ったときは、そりゃもう女々しいを通り越して泣きたくなる。というか、半泣きに近いんだから。自慢じゃないが。
さっきまでの喧騒はどこへやら、いつの間にやら教室は静まり返っていた。オレのせいだけど。
そんな中、オレは気にせず自分の席へと戻る。椅子を引く音だけが波紋のように静寂に広がった。
学校でこんなに起こったのは、これが初めてだ。一息ついてみると何となく居た堪れない雰囲気だけど、後悔はしてない。親友を悪く言われたのだ。怒って当然。黙っていろと言うほうが無理な話しだ。
席についてからどのぐらい経ったのか、とは言えあまり経っていないだろうけど、先生が戻ってきた。嵐は少し休んでいれば大丈夫だと言って、止めてあったビデオを再生した。
けど、オレにはもうビデオの映像も音声も頭には届かなかった。もし嵐がいたら、
『最初から寝てて頭に届いてねェだろ』
とか言われそうだ。そう思って、少しだけ不安が和らいだ気がした。
左の下腹部にズキズキと痛みが波のように押し寄せる。
目の前でチラチラと紅が舞う。
しもしない鉄の臭いに吐き気がする。
といっても、胃の中身はさっき全て出した。今は保健室のベッドの上だ。
教室で嘔吐しなかったのは慣れの賜物だろうか。昔は込み上げて来るものに堪えきれず、教室で嘔吐したこともある。とはいえ、情けないことには変わりはない。
授業中に流されたビデオ。内容はタバコが如何に人体に影響を与えるかというものだった。大人がタバコを吸っている姿はどこかかっこよくて見えるが問題は煙りだな。なんてことを思っていた時。唐突に出された肺の映像。
ヤバいと思った時には遅く、記憶の引き出しは勝手に開いていた。
ぐらりと、視界が揺れる。顔を背けるのと同時に《見てください、これは健康な肺とタバコを吸い続けている人の肺です》という女の声が届く。見せる前に先に言え先に!なんて思ったところで現状は変わらず。
映像は見ていないが、話しは血液の話しへと移った。肺を見せられた後に"血"という単語は、俺にとっては決定的であり致命的だった。
一度開いた引き出しは閉まらない。無理矢理押し込んだ物は溢れ出るだけだ。それに抗う術を俺は持ち合わせてはいなかった。
正直、もう平気だと思っていたのにな。
「あれから4年、か……」
未だ痛む腹部、かけられた毛布を握り締めた。
記憶が俺の胸を穿つ。
治ったはずの痛みが、俺を責めるように甦る。
薄茶色のフローリング。その溝を縫うように流れ、浸蝕する紅。
〈な、んで……〉
歪な笑顔。
〈苦しいか?痛いか?そりゃそうだよなァ?!アハハハハハハ〉
おそらく銀色だったであろうそれに、
〈お兄、ちゃ……〉
ねっとりと絡み付いていたのは、
〈た……す、け〉
間違いなく、
〈やめろ……、やめ――――――、〉
「ォ―!―ィ、オイ!ら――――――」
『やめろオオォォッ!!!』
「ぅぉわっ」
―――ガターン
―――ドタン
『ッは、ぁ……っ~』
飛び起きた途端、腹部が鈍く疼いた。でもこれは、飛び起きたせいだけではないだろう。この痛みは夢の続きだ。
心臓が早鐘のように五月蝿く鳴る。血の気が引く代わりに、脂汗が噴き出していた。肺が握り潰されたように息苦しい。
そう思った瞬間、ビデオで見た映像と夢がフラッシュバックする。再び訪れた眩暈に、自分で自分の首を絞めて何をやっているんだと自嘲する。気を紛らわせるために、夢の残像を消すために、自分のいる空間を見渡した。ここは学校の保健室だ。
いつの間にか、寝ていたのか。家ではしょっちゅう見るが、学校では初めて見た。こんな厭な夢、学校では見たくなかった。
『ッ』
結局思考が夢のことに行き着いてしまい、吐き気が背中を舐めるように駆け上がってきた。これ以上夢のことを考えたら駄目だ。違うことを考えなければ――――――。
……そういえば、さっき何か音がしなかったか?
「あだだ、大丈夫か?嵐。魘されてたけど」
『――――――海』
ベットの横には床に座り込んで腰を摩っている海がいた。近くには丸椅子も転がっている。
『何で、ここに……?』
「昼休みになったから、嵐の様子を見に……、大丈夫か?腹痛いんか?顔色悪いぞ」
『……ああ、大丈夫だ』
呼吸も落ち着いてきた。腹の痛みも大分引いてきている。
『午後からの授業はちゃんと――――――』
「無理すんなって!体育以外の授業で倒れて保健室行きなんて、相当なんだからさ」
『悪かったな、体育ではしょっちゅうでよォ』
傷は治ったとはいえ、激しい運動や長時間の運動をすると、腹部の痛みが顔を出す。お陰で俺は保健室の常連だ。
いつもの癖で嫌味を吐いたが、海からは皮肉や非難の色は窺われない。本当に純粋で真っ直ぐな奴だ。だからだろうか。
『……俺、血とかダメなんだよ。昔、色々あって』
重要なところはぼかして、弱音を吐いてみた。
コイツは何て言うかな、なんて。言っといてなんだけど、自嘲する。
「マジでか。タンカ切っちゃったよ」
『は?』
「いや、こっちの話。ちょっと意外だけど、なんか嵐に人間味を感じる」
『お前は俺を何だと思ってるんだ』
「だって嵐って勉強もできるし、激しいのは無理でも運動もできるし、料理もできるし。性格には難ありでも完璧だからさ。なんかロボットみたいじゃん?」
『そこまで完璧じゃァないが、悪かったな。性格に難ありで』
「スミマセン、つい本音がポロリ――――――ってそうじゃなくて!……いいじゃん、ダメなもんが一つや二つあったって。俺達人間だぜ?完璧な人間がいたら、それこそそいつロボットだ、絶対」
『……そう、か』
「そうそう!ほら、俺だって勉強ダメじゃん?人間、完璧じゃないから仕方ないのさ。うんうん」
『いや、お前そこは仕方なくないだろ。勉強しなさすぎ。ゲーム控えれば、少しはマシになんだろうが』
「グッサー」
『何がグッサーだ馬鹿』
「あれ、俺何しにここ来たんだっけ?」
『俺に罵られにだろ』
「ほら!性格に難あり!難ありぃ!」
『自分から斬られに来る奴が何を言うか』
「虎穴掘ったか~!!」
『掘るのは墓穴だ馬鹿。虎穴は入るんだよ馬鹿。虎が既に掘ってんだ、掘る穴なんてねェんだよ馬鹿』
「何回馬鹿って言うの?!語尾にすな!」
夢の残像である腹部の痛みは、いつのまにか引いていた。
「取り敢えず保護者に連絡する」。担任の先生に言われたので、もう大丈夫と言ったのだが、決まりだということで聞き入れてもらえなかった。そのため先生には悪いが、俺は何も告げずに早退した。
連絡を入れられればアイツは絶対学校まで来る。で、病院行き。そして家まで送ってくれるに違いない。俺はアイツに家を知られたくない。
海には先に帰る旨を先生に伝えてもらえるよう頼んでおいた。もう腹部に痛みはなく、吐き気もない。だから教室に戻って問題はないんだが、今は一人になりたかった。……まあ、連絡が入れられる時点で教室に戻ることは不可能だ。即刻拉致られるに決まっているのだ、あの過保護に。
その時、携帯が震えた。嫌な予感がしつつも指で蓋を撥ね開けると、画面には予想通りの人物の名。
『………』
ここで無視して無駄な捜索網とか張られたら厄介だし、色んな人に迷惑だ。溜息一つで出ることにした。
『……もしもし』
《ちょっと嵐!!あんた今どこにいるの!先生に連絡受けて行ったのにいないってどういうこと!?》
『早退するって聞かなかったのか?』
《聞いたわよ!でもいないなんて聞いてないわよ!》
『……悪ィ。でも、一人に、なりたかったんだ』
《……ハァ、しょうがないわね。ミルクレープで許してあげる》
『わかった。今度作りに行く。太ってもしらねェからな』
《うっさい》
電話越しに、小さく笑い合って。赤信号に足を止めた。
『――――――なぁ』
《何?》
『俺の怪我、治ったんだよな。……何で、疼くんだ?何で、痛むんだろうな』
《……確かに、怪我は治ってるわ。傷は癒えた。でも、その傷は確かにあなたに傷痕を遺していった。傷痕は、なかなか消えないものよ》
だから、痛む――――――。
『そういう、もんか』
《ええ、そうよ。……とにかく、今度病院行くわよ、念のために。今後は逃げるんじゃないわよ!?》
『ハァ、わーったよ。じゃあ、仕事中悪かったな』
《そう思うならいなさいよねー、まったく。……それとね、子どもは自分の心配をしてればいいの。あんたはあんたのことを大切にしなさい。じゃあね。また何かあったら連絡しなさい》
しおん
『ああ。……ありがとう、詩夢』
俺は携帯を閉じ、青に変わった信号を渡った。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
嵐の過去をチラッと出してみました。
一応本話は、「ベタな展開」と「台所は戦場なり」、『特使』の「只今、微罪処分中!」と
「只今、団欒中!」で嵐・海と詩夢・竜志が顔を合わせるよりも前の話となっています。
(本話→……→「ベタな展開」→「只今、微罪処分中!」→「台所は戦場なり」→「只今、団欒中!」)
時間軸がバラバラですみません;
『長い』
「仕方ないじゃんよー、眠いんだもの」
『どーせゲームでもして夜更かししてたんだろ』
「何故わかる!?もしや、エスパー……!」
『誰でもわかるわボケ。……にしても、うるせェ』
今は次の授業に向けての放課中、いつものようにオレ達は教室でダベっていた。ただいつもと違うのは、教室が少し賑やかというところ。
何を隠そう、次の授業は保健。女子とは別れての授業なのだ。
だから教室には男子のみ。もう1クラス、違うクラスとの合同授業のせいなのか、はたまた男子しかいないという状況のせいなのか、保健と体育の授業前の放課はいつも賑やかだった。
「いつも思うけど、女子会ならぬ男子会って感じだよな~」
『男子会って、やったことねェだろそんなもん。ま、男子も女子もそう大差ないってことだろ』
「ははっ、そうかもな」
―――キーンコーンカーンコーン
ここで放課終了。もっと長くてもいいのにな~。で、授業は短く……――――――
『できるか。さっさと席に就け』
「スミマセン、もうナチュラルに心の声に突っ込むのヤメタゲテ」
エスパー嵐って呼ぶぞコラ。
『呼んだらハッ倒すぞコラ』
「ハイ、スミマセンでした嵐様」
席はクラス別、番号順と決められている。そのため、後半クラスであるオレは真ん中の一番前の席。嵐は窓際の一番前後ろだ。
嵐の席から移動し席につくと同時に扉が開き、先生が入ってきた。
なんていうグッドタイミング!先生に注意されることなく席につけたことに、ちょっとだけ嵐に感謝しようと思う。ちょっとだけ。
「はい、号令」
「きりーつ。礼」
先生が教壇につくと、号令を任せている保健係に声をかけた。
漫画とかでは「着席」の号令があって座るが、そんな号令がなくてもみんなガタガタと座っていくのが現実だったりする。
「それじゃあ、この間の続きから行くぞー。教科書18、19ページ開け」
この前の授業から、喫煙と健康という単元に入っていた。1にちで終わるはずだったこの単元、体育会系の先生はそれはそれは熱く語り、今日まで続いてしまっている。そして今日も、熱い。
たつにい
竜兄たまに吸うからヤバいじゃん。帰ったら教えてあげよう。なんていう思いに反して、オレは眠くなってきた。
ヤベッ、頑張れオレ……!
「――――――じゃあ話しはこれくらいにして、喫煙に関するビデオを見る。窓際の奴はカーテン閉めてくれ。いいか、寝るなよー」
せんせー、最後の一言はオレに言ってますかー?
薄暗くされた教室に流れる女の人のナレーション。チカチカと光るテレビ。眠気を誘うには十分なシチュエーションだ。
ああ、もう、ダメ……。
―――ガターン
「んあ……?もう終わった?」
うとうとしていた俺を硬質音がたたき起こした。今のは椅子が倒れた音か?……ああ、アレか。起立と同時に誰かが椅子を倒したのか。
教室がざわざわと五月蝿い。倒した奴を野次っているのか?ほっといてやれよ、きっと待ち遠しかったんだよ、放課が。勢いづいちゃったんだよ。っていうか、オレも起きないと先生に叱られ――――――
「夜凪!」
「――――――ッ嵐?」
初めて聞いた先生の焦りを含んだ声に、オレの意識は一気に覚醒した。先生が横を通って行くのを視界の端に映り、つられて後ろを見る。
「ぇ、ちょ、嵐!?」
部屋はまだ薄暗いが、嵐が椅子から落ちて床に座り込んでいるのが分かった。急いでオレも嵐のところへと向かう。
嵐は右手で左の脇腹を、左手で口を押さえて咳込んでいた。カーテン越しの光から、顔が真っ青だということが分かる。
「おい、夜凪!大丈夫か!?」
『ぅッ、す、すみませ……ッ』
「ちょ、嵐――――――」
「無理するな。すぐ戻って来るから、全員教室から出るなよ!」
「先生、俺も……!」
「帰ってきたら授業再開するから待ってろ、秋木」
嵐は先生に支えられながら、ざわつく教室を縫って出ていった。それを皮切りに、教室を放課並の賑やかさが支配した。
オレはというと、嵐の見たこともない、どこか痛々しさを感じた姿にただただ驚いていた。嵐は激しい運動をした後に、保健室送りなることはよくあった。けど、今日はそうじゃない。そうじゃ、ない――――――。
「夜凪どうしたんだろう?」
「あれじゃね?さっきのビデオ。肺が出てきた後だったじゃん?倒れたの」
「あ~、グロいのダメってやつか」
「ハッ、顔と同じで女々しいな」
「ふざけるな!!」
「っ秋木……!」
いつも嵐をからかって喧嘩してる奴らだった。せせら笑いながら言われた台詞に、さすがのオレもこれにはカチーンときた。
「倒れた原因もまだはっきりわからないのに好き勝手言うんじゃねーよ!百歩譲ってグロいのが苦手だったとしても、女々しいって何だよ!誰だって苦手なモンあるだろ!苦手なモンの前に出れば、どーせお前らだって女々しくなるんだからな!」
オレだって母さんが本気で怒ったときは、そりゃもう女々しいを通り越して泣きたくなる。というか、半泣きに近いんだから。自慢じゃないが。
さっきまでの喧騒はどこへやら、いつの間にやら教室は静まり返っていた。オレのせいだけど。
そんな中、オレは気にせず自分の席へと戻る。椅子を引く音だけが波紋のように静寂に広がった。
学校でこんなに起こったのは、これが初めてだ。一息ついてみると何となく居た堪れない雰囲気だけど、後悔はしてない。親友を悪く言われたのだ。怒って当然。黙っていろと言うほうが無理な話しだ。
席についてからどのぐらい経ったのか、とは言えあまり経っていないだろうけど、先生が戻ってきた。嵐は少し休んでいれば大丈夫だと言って、止めてあったビデオを再生した。
けど、オレにはもうビデオの映像も音声も頭には届かなかった。もし嵐がいたら、
『最初から寝てて頭に届いてねェだろ』
とか言われそうだ。そう思って、少しだけ不安が和らいだ気がした。
* * *
左の下腹部にズキズキと痛みが波のように押し寄せる。
目の前でチラチラと紅が舞う。
しもしない鉄の臭いに吐き気がする。
といっても、胃の中身はさっき全て出した。今は保健室のベッドの上だ。
教室で嘔吐しなかったのは慣れの賜物だろうか。昔は込み上げて来るものに堪えきれず、教室で嘔吐したこともある。とはいえ、情けないことには変わりはない。
授業中に流されたビデオ。内容はタバコが如何に人体に影響を与えるかというものだった。大人がタバコを吸っている姿はどこかかっこよくて見えるが問題は煙りだな。なんてことを思っていた時。唐突に出された肺の映像。
ヤバいと思った時には遅く、記憶の引き出しは勝手に開いていた。
ぐらりと、視界が揺れる。顔を背けるのと同時に《見てください、これは健康な肺とタバコを吸い続けている人の肺です》という女の声が届く。見せる前に先に言え先に!なんて思ったところで現状は変わらず。
映像は見ていないが、話しは血液の話しへと移った。肺を見せられた後に"血"という単語は、俺にとっては決定的であり致命的だった。
一度開いた引き出しは閉まらない。無理矢理押し込んだ物は溢れ出るだけだ。それに抗う術を俺は持ち合わせてはいなかった。
正直、もう平気だと思っていたのにな。
「あれから4年、か……」
未だ痛む腹部、かけられた毛布を握り締めた。
記憶が俺の胸を穿つ。
治ったはずの痛みが、俺を責めるように甦る。
* * *
薄茶色のフローリング。その溝を縫うように流れ、浸蝕する紅。
〈な、んで……〉
歪な笑顔。
〈苦しいか?痛いか?そりゃそうだよなァ?!アハハハハハハ〉
おそらく銀色だったであろうそれに、
〈お兄、ちゃ……〉
ねっとりと絡み付いていたのは、
〈た……す、け〉
間違いなく、
〈やめろ……、やめ――――――、〉
命だった――――――
「ォ―!―ィ、オイ!ら――――――」
『やめろオオォォッ!!!』
「ぅぉわっ」
―――ガターン
―――ドタン
『ッは、ぁ……っ~』
飛び起きた途端、腹部が鈍く疼いた。でもこれは、飛び起きたせいだけではないだろう。この痛みは夢の続きだ。
心臓が早鐘のように五月蝿く鳴る。血の気が引く代わりに、脂汗が噴き出していた。肺が握り潰されたように息苦しい。
そう思った瞬間、ビデオで見た映像と夢がフラッシュバックする。再び訪れた眩暈に、自分で自分の首を絞めて何をやっているんだと自嘲する。気を紛らわせるために、夢の残像を消すために、自分のいる空間を見渡した。ここは学校の保健室だ。
いつの間にか、寝ていたのか。家ではしょっちゅう見るが、学校では初めて見た。こんな厭な夢、学校では見たくなかった。
『ッ』
結局思考が夢のことに行き着いてしまい、吐き気が背中を舐めるように駆け上がってきた。これ以上夢のことを考えたら駄目だ。違うことを考えなければ――――――。
……そういえば、さっき何か音がしなかったか?
「あだだ、大丈夫か?嵐。魘されてたけど」
『――――――海』
ベットの横には床に座り込んで腰を摩っている海がいた。近くには丸椅子も転がっている。
『何で、ここに……?』
「昼休みになったから、嵐の様子を見に……、大丈夫か?腹痛いんか?顔色悪いぞ」
『……ああ、大丈夫だ』
呼吸も落ち着いてきた。腹の痛みも大分引いてきている。
『午後からの授業はちゃんと――――――』
「無理すんなって!体育以外の授業で倒れて保健室行きなんて、相当なんだからさ」
『悪かったな、体育ではしょっちゅうでよォ』
傷は治ったとはいえ、激しい運動や長時間の運動をすると、腹部の痛みが顔を出す。お陰で俺は保健室の常連だ。
いつもの癖で嫌味を吐いたが、海からは皮肉や非難の色は窺われない。本当に純粋で真っ直ぐな奴だ。だからだろうか。
『……俺、血とかダメなんだよ。昔、色々あって』
重要なところはぼかして、弱音を吐いてみた。
コイツは何て言うかな、なんて。言っといてなんだけど、自嘲する。
「マジでか。タンカ切っちゃったよ」
『は?』
「いや、こっちの話。ちょっと意外だけど、なんか嵐に人間味を感じる」
『お前は俺を何だと思ってるんだ』
「だって嵐って勉強もできるし、激しいのは無理でも運動もできるし、料理もできるし。性格には難ありでも完璧だからさ。なんかロボットみたいじゃん?」
『そこまで完璧じゃァないが、悪かったな。性格に難ありで』
「スミマセン、つい本音がポロリ――――――ってそうじゃなくて!……いいじゃん、ダメなもんが一つや二つあったって。俺達人間だぜ?完璧な人間がいたら、それこそそいつロボットだ、絶対」
『……そう、か』
「そうそう!ほら、俺だって勉強ダメじゃん?人間、完璧じゃないから仕方ないのさ。うんうん」
『いや、お前そこは仕方なくないだろ。勉強しなさすぎ。ゲーム控えれば、少しはマシになんだろうが』
「グッサー」
『何がグッサーだ馬鹿』
「あれ、俺何しにここ来たんだっけ?」
『俺に罵られにだろ』
「ほら!性格に難あり!難ありぃ!」
『自分から斬られに来る奴が何を言うか』
「虎穴掘ったか~!!」
『掘るのは墓穴だ馬鹿。虎穴は入るんだよ馬鹿。虎が既に掘ってんだ、掘る穴なんてねェんだよ馬鹿』
「何回馬鹿って言うの?!語尾にすな!」
夢の残像である腹部の痛みは、いつのまにか引いていた。
* * *
「取り敢えず保護者に連絡する」。担任の先生に言われたので、もう大丈夫と言ったのだが、決まりだということで聞き入れてもらえなかった。そのため先生には悪いが、俺は何も告げずに早退した。
連絡を入れられればアイツは絶対学校まで来る。で、病院行き。そして家まで送ってくれるに違いない。俺はアイツに家を知られたくない。
海には先に帰る旨を先生に伝えてもらえるよう頼んでおいた。もう腹部に痛みはなく、吐き気もない。だから教室に戻って問題はないんだが、今は一人になりたかった。……まあ、連絡が入れられる時点で教室に戻ることは不可能だ。即刻拉致られるに決まっているのだ、あの過保護に。
その時、携帯が震えた。嫌な予感がしつつも指で蓋を撥ね開けると、画面には予想通りの人物の名。
『………』
ここで無視して無駄な捜索網とか張られたら厄介だし、色んな人に迷惑だ。溜息一つで出ることにした。
『……もしもし』
《ちょっと嵐!!あんた今どこにいるの!先生に連絡受けて行ったのにいないってどういうこと!?》
『早退するって聞かなかったのか?』
《聞いたわよ!でもいないなんて聞いてないわよ!》
『……悪ィ。でも、一人に、なりたかったんだ』
《……ハァ、しょうがないわね。ミルクレープで許してあげる》
『わかった。今度作りに行く。太ってもしらねェからな』
《うっさい》
電話越しに、小さく笑い合って。赤信号に足を止めた。
『――――――なぁ』
《何?》
『俺の怪我、治ったんだよな。……何で、疼くんだ?何で、痛むんだろうな』
《……確かに、怪我は治ってるわ。傷は癒えた。でも、その傷は確かにあなたに傷痕を遺していった。傷痕は、なかなか消えないものよ》
だから、痛む――――――。
『そういう、もんか』
《ええ、そうよ。……とにかく、今度病院行くわよ、念のために。今後は逃げるんじゃないわよ!?》
『ハァ、わーったよ。じゃあ、仕事中悪かったな』
《そう思うならいなさいよねー、まったく。……それとね、子どもは自分の心配をしてればいいの。あんたはあんたのことを大切にしなさい。じゃあね。また何かあったら連絡しなさい》
しおん
『ああ。……ありがとう、詩夢』
俺は携帯を閉じ、青に変わった信号を渡った。
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嵐の過去をチラッと出してみました。
一応本話は、「ベタな展開」と「台所は戦場なり」、『特使』の「只今、微罪処分中!」と
「只今、団欒中!」で嵐・海と詩夢・竜志が顔を合わせるよりも前の話となっています。
(本話→……→「ベタな展開」→「只今、微罪処分中!」→「台所は戦場なり」→「只今、団欒中!」)
時間軸がバラバラですみません;
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