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月灯りの下

闇の世界に差し込む光を追い求めて

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夕暮れのデアイ

夕方が染める町、買い物客や会社帰りの人たちで賑わっている商店街。

「学校か~。何年振りかね~」

 一人の男が特に目的もなく、明日から通うことになる学校があるこの町をぶらぶらと散策していた。

「あ~、転校生ってこんな気分なんかな~。なんかソワソワする」

      なつくさななみ
 この男――夏草七味は、とある病院に勤める精神科医である。そんな夏草が何故転校生気分を味わっているのかというと、その病院のとある命により、夏草はある学校のカウンセリングを行う医者として派遣されることとなったためである。
 表向きは。

「しっかし、見送りがあんなんだと切なさが勝るな。うん」

 夏草が担当している患者。しばらく学校に行くことになり、顔を出す回数が少しばかり減る旨を告げると……

〈そうなんですか?大変ですね、減るとはいえ病院の方の診察もされるんでしょ?……無理、しないでくださいね?〉

 という優しいお言葉をもらったのまではよかった。

〈そういやシチミ、お前病院クビになったんだって?……え、違う?ま、そんなことどーでもいいけどさ、なんならそのまま帰ってこなくてもいいけど?ああ、その代わり、夜外出できるように手配してから行けよ〉

 という辛辣なお言葉という剛速球を投げつけられた挙げ句、

〈せんせーだけどっか行くんだって?ズルーイー!!僕も外で遊びたい~!……お土産!!お土産ないともうここに入れたげないかんね!〉

 何やら勘違いをされ、お土産がなければ立入禁止を言い渡された。自分の患者に入室拒否されることは、担当医としては大変困った事態になるわけだ。

「というか、学校の土産って何だ?校庭の土か何かか?……ん?何だ?」

 無理難題の答えに頭を捻っていると、喧騒が耳に届く。その騒がしさにふと前方を見ると、主におばさんによる人集りが出来ていた。
 「ちょっと警察呼んだ方がいいんじゃないの?」「でも、不良同士の喧嘩でしょ?放っておいてもいいんじゃないかしら?」そんな会話が聞こえ、スルーできるほどこの、仕事に就いて日は浅くはない。何かと人のことが気になってお節介を焼きたくなる。そして、普通の喧嘩ならまだいいのだ。もしもそうでなければ、病院にも連絡を入れる必要が出てくるのだから。
 謝りながら人垣を割って進む。開けた場所に出ると状況が理解できた。そして、固まった。

「テ、メー!!」
「生意気なんだよガキが!」
「俺達に絡んできたこと、後悔させてやらぁ!」

 黒い髪に黒いパーカー、黒いジーパン姿の少年が見るからに不良な人達に囲まれていた。
 普通なら囲まれている方が大ピンチだ。普通なら。だが、目の前の状況は明らかに囲っている側の人間が大ピンチだった。何故なら、彼等は既にボロボロだったから。
 少年に向け突き出す拳は、回し蹴りをもらったことにより届かず、

「ゲッ」

 その間に突き出された拳は避けられ、正拳突きが顎にヒットし、

「ガッ」

 背後から伸ばした腕も首に回す前に取られ、

「せーの」
「ぐはっ」

 投げられた不良は背中から地面に叩きつけられた。こうして不良全滅。まさに一瞬の出来事。夏草だけではなく、野次馬たちも唖然としている。

「おら、さっさと出しな」
「ぐ、くそ……ぐあっ」

 ヤクザのような口ぶりの少年に抵抗を見せようとした投げられた男は、腹を踏み付けられて強制的に黙らされた。

「――――――凄いな……」

 感心している場合ではないのだが、患者であるアイツと姿がどうしても重なる。アイツと初めて会ったときに見せられた暴力にも、同じ感想を抱いたのを覚えている。
 身体能力なら、もちろん少年の方が劣る。しかし、相手を伸す技術的な面から見ると少年の方が優れているだろう。
 ただし、身体能力の分析は、あくまで少年が夏草の未来の患者でなければの話だが。
 ふと、夏草の視界の隅に小さな影が入り込む。視界にしっかり収めると、小学校低学年らしき少女が心配そうな、不安そうな顔で事の成り行きを見ていた。心なしか、首にかかっている財布を握りしめている両手が震えているような気がする。誰もこの状況を見ないよう注意しないところを見ると、親は近くにはいないのだろう。とにもかくにも、子どもにこのような場面を見せるのは教育上も精神衛生上もよろしくない。

「ったく、さっさと出せばいいものを」

 そう言いながらしゃがんだ少年の手は、男のジャンパーから見えている財布に伸びる。自分の患者と姿が重なって見えてしまった夏草には放っておくことはできず、

「はい、ストーップ」
「……何」

 少年の腕を掴んで止めた。

「放せよ」
「何があったか知らないけど、ちょっとやり過ぎなんじゃない?それに子どもが見てるでしょ」
「……あんたには関係ないだろ」

 少女を一瞥したが、少年は夏草の腕を振り払い、再び財布に手を伸ばす。

「君ね、いい加減にしないと警察呼ぶよ?」
「ま、待って……!」
「うおっ、何?!」

 体に衝撃を感じ下を見ると、先程の少女が抱き着いていた。

「?どうし――――――」
「おまわりさん、よばないで!お兄ちゃんは、悪い人じゃないの!」
「え?」
「おい」

 夏草は呼ばれた方を見ると、少年は男の財布を手にしていた。

「あ!君、だからね」
「あんたじゃねェよ。……で?いくら入ってたかわかるか?」

 少年は夏草を軽くあしらった後、しゃがんで少女に視線を合わせた。
 ――――――え、知り合い?

「えっと、えっと、お母さんがね、大きいのしかないって言ってて、1万円入れとくからおつりもらってきてねって言ってた」
「それはまた、子どもに大金持たせたな。……ほら」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
「……あぁ。恐い思いさせて悪かったな」

 しゃがんでいる少年とふるふると首を振る少女を見て、夏草の頭上には大量の疑問符が浮いていた。

「どゆこと?」
「あのね、あのこわい人たちがきゅうにわたしのおさいふ見て、お金とっちゃったの。そしたら、このお兄ちゃんがとりかえしてくれたの」
「………」
「じゃあ、この子の方が」

 正しかったってことか。……明らかにやり過ぎだけど。
 気付けば野次馬は少なくなっていた。恐らく少女が間に入ったことで事が収まったからだろうか。それならいいのだが、誰かが警察を呼んだからだったらどうしようかと一抹の不安を抱いている夏草とは対照的に、当の少年少女は一切そんなことは気にしていない様子だ。取り敢えず、二人の中では全てが終わったのだろう。

「いいか、財布は首からかけてもいいが服ん中に入れとけ。金払う時に出せばいいから」
「うん、わかった!」

 少年は少女の財布を摘むと、襟首を軽く引っ張って服の中へと落とした。夏草も不安は頭の片隅に置いておき、少年少女へと近づく。

「世の中物騒だからな、気をつけなきゃダメだぞ?お嬢ちゃん」
「はーい」
「まだ買い物するのか?一人で大丈夫か?」
「うん!だいじょうぶ!お兄ちゃんがおさいふのもちかた教えてくれたし、またなにかあったらお兄ちゃんがたすけにきてくれるでしょ?」
「俺はスーパーマンか」
「何かあったら大声出すんだぞ?そしたらこのお兄ちゃんじゃなくても、誰か助けてくれるから」
「お兄ちゃんがいいけど、わかった。それじゃあお兄ちゃん、ありがとね!」

 少女は手を振り、遅れを取り戻すかのように駆けて行った。

「最近の子はませてるなー」
「………」
「…………」

 気まずい……。

「あ、あー。さっきは勘違いして悪かったな」
「別に。あんなとこ見れば勘違いして当然だろ」
「………」

 確信犯かよ。
 少年は、ぽいっと奪った財布を男の腹に捨てる。男が小さく唸ったが、無視。
 この少年、容赦はないが特に理性を外して暴れているわけではなさそうだ。そうなると、夏草の患者ではない。

「向こうが悪いにしても、もう少し穏便に済ませた方がいいんじゃないの?いつか警察に捕まるぞ」
「ああいう連中と穏便に事を済ますなんてことできるわけないだろ?それにこっちは過剰が付くかもしれないけど、正当防衛だ。サツに捕まらない自信もある」
「どんな自信だよ」
「――――――ク、ソがー!!」
「!!」
「………」

 突如、不良の一人が起き上がり、少年に殴りかかろうと動きを見せた。背後からの怒声に驚く夏草を尻目に、少年はいたって冷静だ。

「うおおおっ!!」

 拳を振り上げ猛り迫る男に、少年は徐に振り返る。再び不良を伸す気の少年だが、

「!」

 突然腕を引かれ、柔らかいものに衝突した。視界は閉ざされ、耳には男の間抜けな声と地面に何かが擦れる音が届く。振り返ると男がうずくまっている。さっきの聴覚情報は、男が転んだもののようだ。
 少し視線をずらせば伸ばされた足。上を見上げれば、

「あ、ぶねー!ごめん、大丈夫だったか?」
「………」

 焦燥の色を浮かべる夏草。咄嗟に少年を引き寄せ、男を足で引っ掛けたのだ。この夏草の行動に、少年は訳がわからないといった顔をしていた。

「うっ……」

 不良が呻きながら上体を起こそうとしている。どうやら少年が与えたダメージは相当なものだったようで、その動作さえ相当手こずっている。
 この様子だとまともに立てないなと喧嘩慣れした少年には簡単に想像がついた。しかし、夏草はそうではなかったらしい。

「げ、まだ起きようとしてる!逃げるぞ!」
「ハァ?!ちょ、オイ!」

 少年の手を掴み走り出した。
 必死に走る夏草の背中を呆れ眼で見つめる少年。その背中は少年がよく知る、どっかのお人好しバカに似ていた。



 どれぐらい走ったのか、スピードが徐々に落ちていき、止まった。

「ハ、ハァハァハァ……」

 夏草は苦しそうに、手を膝に置いて呼吸を繰り返していたが、

「………」

 少年は平然としていた。
 自分はまだ若いと思っていた夏草には、歳の差を感じずにはいられない一コマだ。

「――――――何で……」
「っあ?」
「何で、逃げたんだ」
「ハァハ、ァ……何でって、……ハァハァ、ふー。まだ、ボコり足りなかったのか?」

冗 談混じりに訊いてみたが、少年の顔を見るととてもそういうことではないらしい。

「……あれ以上騒ぎが大きくなれば、何かと困ると思うんだけど」
「だったらアンタだけ逃げればいいだろ」
「うん、一番困る立場にいるのは君だけどね。……逃げるなら、子どもを置いてはいけねーよ。子どもを守るのは大人の役目だ」

 確かに、この少年に助けはいらないし、逃げる必要もなかっただろうと今になって思う。しかし、そんな考えよりも先に、子どもであるこの少年を守らなければと思ってしまった。だからその言葉に嘘はない。ただ、どこか危うい雰囲気を醸し出すこの少年が、自分の患者と重なって見えてほっとけなかったということは伏せておいた。

「……アンタも大概お人好しなんだな」
「ん?――――――って、あ、オイ!」

 少年は一言残し、夕日に沈む街に消えていった。

「なんか、嵐のような時間だったな~」

 夏草は頭をぐしゃりと掻くと、夕飯をどうするか考えつつ街の散策へと戻った。

*          *          *

 翌日。遣わされた学校の応接室。夏草の向かいのソファーには、校長と問題の生徒の担任が座っていた。
 担任の話によると、その生徒は授業を休んだこともなく、成績も優秀でとても大人しい、生徒の鑑といっても過言ではないとても真面目な生徒だったらしい。だが、ある日を境に変わったという。それが知らせにあった症状と合致しているのではないか、ということで病院に連絡したそうだ。

「成績は10位以内をキープしてはいますが、ほとんど授業に出なくなりまして。おまけに喧嘩もしょっちゅう……」
「………」

 病院はちゃんと症状を聞いたのだろうか。
 夏草は話しを聞くに、ただグレただけのような気がしていた。病院、そして夏草が気にしている症状は、"突然豹変の繰り返し"だ。その生徒も話しから推測するに、突然豹変には違いないかもしれないが豹変を繰り返しているわけではない。
 保身のために片っ端からやっているのだろう、まったくどこまでいい加減なのか。夏草は腹いせに頭の中で病院を爆破した。
 とはいえ、万が一があっては困る。

「で、その生徒さんは?学校に来ていませんか?」
「いえ、その子は――――――」




「……勝手に開けていいんだよ、な?」

 夏草は担任に教えてもらった、その生徒がよくいる場所に来ていた。正確には、そこに通じる扉の前。ここに入り浸っていると聞いたが、勝手に開けてもいいものか。閉じられた鉄の扉が入ってくるなと主張しているようで、開けることを躊躇させた。ま、自分が通った学校の同じ場所が立入禁止だったせいもあるのだろうが、と自己分析。
 しかし、開けなければ何事も始まらないし終わらない。意を決して――というと大袈裟だが、意を決して扉を開けた。見た目とは裏腹に案外簡単に開いた。入り浸っているというのは本当らしい。風雨に晒されやすい場所の扉なのに、金属が錆びたせいで起こるあの嫌な音もさほどしない。
 暗かった踊り場に太陽の光が差し込んだ。扉の向こう側に広がる青い空と白い雲の予想だにしていなかった近さに感動した。


「――――――誰?」


 夏草の感動を意識の遠くへ追いやる凛とした声。声のした方へ行くと、黒い髪とブリーツスカートを風に遊ばせた女子学生。この子が例の生徒だろう。他には誰もいない。いない、のだが――――――、

「あ……、ああっ!!君は!!」
「……あんた、昨日の」

 その女子学生は、日の少年だった。
 というか、

「え、ええー!お、女の子!!?」


 これが俺――夏草と少年もとい彼女――黒宮騎暖の、とにかく壮絶な出会いだった。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



少年の正体を隠しておきたくて、今回は騎暖の台詞を『』ではなく「」でお送りしました。
隠すも何も、この話には騎暖と拓人しか出てこないので2択なのですが^^;
僕程度の文才では、やっぱり鉤括弧を使い分けないと読みにくいと思いました。
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