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月灯りの下

闇の世界に差し込む光を追い求めて

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本の読み方

本を読むのは、昔から好きだった。
 何で好きだったのかは分からない。
 けれど、好きな理由は多分、そう。

                こ こ
 本を読んでいる間だけは、自分は現実には存在していないから。
 現実のことを忘れていられる。
 それだからこそ、没頭できた。

 居るのは目の前に広がる文字の世界の中。

 読んでいる間だけの、仮初の世界。
 それだけが救いだったんだ。

 でも、今は――――――。




コンコン

「は~い」
「失礼します」
「あら、時崎くん」
「こんにちは。……あの、騎暖って」
「来てるわよ。いつもご苦労様。あ、そうだ。美味しいお菓子があるから、時崎くん食べて行って?騎暖ちゃんも一緒に。5時間目までまだ時間もあるし」
「なんかすみません。ありがとうございます」

 かりや
 雁屋さんの優しい笑顔に見送られ、司書室から図書室へ足を踏み入れる。
 本棚の前、季節柄用意されたストーブの前を陣取って、本を読み耽っている人物を発見。その人物の周りには、開きっぱなしの辞書とノート、シャープペンが転がっている。どのぐらいの時間いたのか、完全に顔が赤く染まっている。本人はそんなことお構い無しで、本の世界に没頭している。

「騎暖」
『……』
「きーの」
『………』
「騎暖ってば」
『…………』
「はぁ」

 目の前に立って呼んでみても返事はない。相変わらずの集中力だ。仕方ない、最終手段――――――

「没収」
『……あ』

 騎暖と視線が絡み合う。にっこりと、笑顔を作る。

「おはよう、いや、こんにちは、騎暖」
『……わざわざ嫌味を言いに来たのか?お前』
「どちらかというと、授業へのお誘いついで、かな」
『帰れ』
「あ、ちょっと!」

 僕の誘いは一蹴されると同時に、本は再び騎暖の手に収まった。

「も~。……しょうがない、雁谷さんがお菓子用意してくれたって言ってたけど、僕だけごちそうになろうかな~」
『……聞いてないぞ、そんな話』
「言う前に帰れって言われちゃったからさ」
『だったら先にそっちを言え!』
「……ハァ、まったく」

 騎暖は言うが早いか立ち上がり、辞書を本棚に戻すと、本と散らばっていた物を脇に抱えてストーブを消し司書室へ向かう。
 雁谷さんのお誘いだからか、お菓子に釣られたのか、恐らく両者だろうが、こういうことでしか騎暖は動かないから説得する身としては一苦労だ。

                  はかど
「お疲れ様。どう?騎暖ちゃん。読書は捗ってる?」
『今いいところで、すっごい頭使ってます』
「そうなの。じゃあ、タイミングは丁度よかったかしら。苺大福もらったから、よかったらどうぞ」
『ありがとうございます。いただきます』

 司書室に置かれている低いテーブルの上には、美味しそうな苺大福とお茶が2人分。そのテーブルを挟む形で置かれているソファーに、向かい合って座った。
 騎暖は苺大福を頬張りながら、開いたノートとその上にある紙を眺めている。

「騎暖、そのノートは?」
『これは……、読書ノートというか、何というか……』
「見てもいい?」
『……笑うなよ』

 そう言いながら、ノートをひっくり返して見せてくれた。雁谷さんも覗き込む。
 ノートには人の名前とその人の身分、何をしていたか、そして何かのプロセスが書かれている。他方、紙には屋敷の見取り図がプリントしてあり、所々丸などの記号や小さな文字が書き込まれていた。
 これは、所謂――――――

「推理ノート?」
『……ん』
「凄いじゃない、騎暖ちゃん!本格的!」
『そ、そんなことないです』
「いやいや、凄いよコレ」
『………』

 パクりと、照れながら大福にかじりつく騎暖は、小動物を彷彿とさせる。
 彼女は将来、警察官とか検察官とか弁護士とか、そういった仕事が向いているんじゃないだろうか?というか、似合ってるかも……。

『……何だよ、ジロジロ見て』
「いや、騎暖って警察官とか検察官とか弁護士とか、似合いそうだな~って」
『……はぁ!?な、に馬鹿なこと言ってるんだよ、お前は』
「え~」
「あら、いいじゃない!似合うわよ、騎暖ちゃん!」
『そ、そんなことは……』

ぱくり。

「ねぇ、この本って何てタイトル?どういう話なの?」
『ん、これはだな――――――』

 とん、と本を立てて表紙を見せてくれた。

『柄刀一の『密室キングダム』。主人公は、心臓に持病を持ったマジシャン学校に通う男子大学生。ある日、その子の師匠の家に招待されたんだけど、その師匠が自分の屋敷で手品中に三重密室内で刺殺された。この事件が皮切りとなって、密室殺人が立て続けに起こる、っていう話』
「分厚!へぇ、起こる事件全部が密室なの?」
『ん。そこが一番そそられたところだ。ミステリの中でも密室事件は一番頭を使う』
「それで、三重密室はわかったの?」
『わかったというか、まあ考えられる可能性はわかりました。で、それは合っていたんですが、今躓いているのが3つ目の密室殺人なんです。今までの事件とは色が違うというか……、どんでん返しの予感がビシビシしてます』
「そうなの。騎暖ちゃんは推理しながら読むタイプなのね」
『たまに落ちがわかっちゃってがっかりするときもありますが』
「あら。じゃあ小説慣れしちゃってるのね」

 本、特にミステリが好きな騎暖は、いつになく饒舌だ。顔もなんだか生き生きしている。そんな顔をさせる本にちょっとばかし嫉妬してる僕はどうかしてるのか。

「時崎くんは、読書は何を読むの?」
「僕ですか?そうですね、特にこれといったジャンルはないですね。でも、歴史を扱った小説が結構好きです」
『ミステリも読むのか?』
「読むけど、騎暖ほどは読み込まないよ。考えつつも読み進めちゃう」
『詰まらない読み方してるな』
「そりゃ悪うございました。でもね、読み方は人それぞれだよ。それに、読書も大切なことだけど、授業に出るのも大切なことだよ。騎暖」
『くどいやつだな、お前は。何度も言われなくてもわかってる』
「それは説得を受けて授業にちゃんと出てる人間が言う言葉だよ」
『チッ』

 何故舌打ち。

『――――――5時間目は……数学、だったか』
「そうだよ。なんだ、ちゃんと覚えてたんだ。てっきり忘れてるものだと思ってた」
『じゃあ出る』
「え」

 舌打ちの仕返しに嫌みを吐いてみるが、騎暖は綺麗にスルーして、小型爆弾を投下していった。

「出る?え……、出るって言ったの今?」
『そう言ったろ。お前の耳には何て聞こえてんだ』
「だって……!いつもなら――――――」



〈授業行こうよ〉
《行かない》
〈行かないじゃなくて、授業に出るのが学生の本分だよ〉
《誘って選択肢作ったのはそっちだろ》
〈選択肢を作った訳じゃないし、誘ったといっても行くことが前提の誘いなんだけど?〉
《次の授業は歴史だっけ?》
〈そうだけど?〉
《じゃあやっぱり行かない》
〈何で!?〉
《昨日教科書読んで、今日ワークやる予定だから。それに出席日数的には出なくても大丈夫だ》

キーンコーンカーンコーン

《じゃ、俺本の続き気になるから行くわ。お前も遅刻しないように行けよ》
〈ちょ、騎暖!それは君に言われたくない!!〉



「――――――って逃げられるっていうのが、いつものほぼ変わらない流れなのに……その騎暖が授業に出る……?!」
『何でそんなお化けを見たような顔をされにゃならんのだ』
「いや、それぐらいの奇跡が今目の前に……!」
『……出る気失せた』
「アハハ。まあまあ、ちょっとした冗談じゃないか。でも、何で出る気になったの?」
『数学ならもうある程度まで教科書の問題解いてあるから、授業中にトリックとか犯人とか、ゆっくり考えられると思って』
「…………」
「あらあら、騎暖ちゃんらしいわ」
「雁谷さん、その反応は違います」

キーンコーンカーンコーン

『あ、予鈴』
「ほら、二人共、急がないと」
『はい、ごちそうさまでした』
「あ、お皿洗わなくていいからね。騎暖ちゃん」
『ありがとうございます。ごちそう様でした』

 白い粉が付いた指をペロリと舐めて、片付け始める騎暖。

「んー、授業に出ると言っただけよしとすべきか否か……」
「まあ、今日はよしとしたらどうかしら?逃げちゃうよりいいじゃない」
「そう、ですよ、ね」
『ほら、拓人。置いてくぞ』
「へ?え、あ!騎暖!ちょっと!」

 騎暖は既に扉を開けて、廊下へと消えていた。僕も急いで流しへ皿を片付けて、

「ごちそうさまでした、失礼します!」

 という言葉だけ残して司書室を後にし、教室へと向かう騎暖の背中を追いかけた。





 本を読むのは、昔から好きだった。
 読んでいる間だけの、仮初の世界。
 それだけが救いだったんだ。

 でも、今は――――――。
 コイツ
 拓人がいるこの世界なら、この世界も悪くないと思っている俺がいる。
 たとえそれさえも、すぐに消えてしまいそうな危うく遠い世界だったとしても。


+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



『密室キングダム』、今まで読んだミステリの中で一番面白いと思った本です。
よろしかったら読んでみてください。
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