月灯りの下
闇の世界に差し込む光を追い求めて
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DarkNumber-暗数-
息が切れる。
辺りは闇が支配して。
聞こえるのは、自分の荒い呼吸と心音だけ。
第二人格 荒夜
※流血シーンあり
辺りは闇が支配して。
聞こえるのは、自分の荒い呼吸と心音だけ。
第二人格 荒夜
※流血シーンあり
何でどうしてこうなった?全く訳がわからない。自分は確か仕事を終えて会社を出た。そこからの記憶が全くない。気が付いた時には、目の前には女性だったモノ。……本当に女性だったか?
額はぱっくりと割れ、腹部も握り潰されたようになっていた。幸いなことに、辺りは暗かったため、中身は見ずに済んだ。しかし、その人だったものは生温い液体を撒き散らし、黒いアスファルトを違う黒が浸食していって。嗅いだこともないような、何とも言えない臭いが充満していて。それだけで十分ショックで――――――。
そして、それを挟んだ向こう側には人影。大きさからいって子どものようだった。
――――――見られた。
自分がやった訳ではないのに、疑われるのが恐くてその場から逃げ出した。
ここでもし犯人なんかにされたら堪らない。いつも真面目に働いてきた。家庭だって円満で、幸せで。ずっと患っていた肺炎だって、ついこの間やっと完治したところなのだ。それが全てパーになる。それだけは御免だ。それだけは嫌だ。
男は自分の両の手が、血に塗れていることにも気付かずに走り続けていた。
そんな気持ちとは裏腹に。
「追ーいつーいた」
「ッ!!」
自分の頭上から聞こた声に反応して見上げると、空から小さな死神は降り立った。
それを見て真っ白になった頭。振り返る子どもと目が合って、凍結していた思考をフル回転させる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!君はさっきいた子か!?なら聞いてほしい、アレは私じゃない!私じゃないんだ……!」
勝手に出てくる必死の弁解を聞いて、子どもは可笑しそうにくすくす笑う。……笑う?あんな惨状を見ておいて?
「安心しなよ、殺ったのはアンタじゃないから。でも殺ったのはアンタだよ」
「?」
一体何を言っている?さっぱりだ。もう何がなんだか分からない。
「アンタさ、国立砂橋大学病院ってとこで何かの治療してもらっただろ」
何かって、そこはずっと患っていた肺炎を治してもらったところだ。発作が出て、死にかけたところを助けられた。確かあれは 、
「一ヶ月前くらい前」
どきりとした。何故、この子が……?
「その時にアンタは異常者に成り果てちまってんだよ。健康な身体を手に入れた代償としてな」
「は?君は一体、な、何を言って……?!」
「記憶、時々ないだろ」
口元だけが愉しそうに歪んでいる。何で、そんなことまで ?
何なんだ、この子どもは。 訳が分からない。 誰が異常者だって? 訳が分からない。 どうすればいい? 訳が分からない。 訳が分からない? 訳が分からない。 なら?
ケ シ テ シ マ エ バ イ イ ン ダ 。
そう思うと、自分も何故だか笑えてきて。――――――嗚呼、今日は俺も愉しめそうだ。
「……ハッ。ほんっと、真面目なマニュアル人間って想定外のことがあると動けなくなるんだな」
「ハハ、そう言うなって。本当の事言ったら可哀相だろ?"俺の相棒″が」
「俺には関係ないから、そっちの相棒は。俺に関係があるのは、――――――アンタだ」
先程と比べものにならないほど、男の態度がでかくなった。やはりビンゴか。嬉しくて舌なめずりをしてしまう。久し振りに会えた 、
「俺の、獲物」
「"獲物"ォ?……オイオイ、それはこっちの台詞だぜ?一晩で二人も殺れるなんてなあ!」
駆け出した男は、子ども目掛けて拳を振るった。それを後ろに軽く跳んで避ける。男の拳が当たった地面が爆ぜた。
「……お前は拳が強いみたいだな」
「ああ、そうさ。この拳で、あの女の頭をかち割り、腹を潰してやったんだよ!」
血に塗れた腕を自慢げに見せる。一方、子どもはあくまで無関心。
「そういうお前は足か?さっきビルからふっつーに飛び降りて来んだよなあ?」
「さぁ?どうだろ。ま、高いところは好きだけど」
そう言うと、徐に右腰から銀色に輝くモノを引き抜いた。
「オイオイ、刀の形を模してはいるが、そりゃペーパーナイフじゃないのか? そんな細っこいもんでどうするつもりだ?」
嘲笑う男を嘲笑いながら疾走する。
「!……痛ぁ!」
「誰が、ペーパーナイフなんて言った?」
肩を走ったペーパーナイフは、見事に血の軌跡を闇に描いた。
「テメェ……!」
「外見はペーパーナイフだけどね、刃は立派なペーパー用じゃないナイフだ」
騙されたことにか、肩を斬られたことにか、今度は激怒した男が疾走する番だった。顔や肩、腹部を狙って無茶苦茶に振るわれる拳を難なく避け続ける。振われた拳が心臓を捉えた。
「ハッ」
口角を上げて嘲笑い、後ろに上体を反らす。そのまま地面に手をついて足を振り上げる。空を切った拳を蹴り上げると、男は数歩後ろにたたらを踏み、子どもはそのままバク転で間合いを取った。
「クソガキがーッ!!」
男は更に顔を怒りに染めて、突っ込んでくる。子どもはペーパーナイフを逆手に持ち替え、突き出された拳を避けて腕を取ると腰に男を乗せ。
「おりゃッ!」
「!」
一本背負い。男は背中を叩きつけられる。その勢いを利用して、取られた腕を振って子どもをふっ飛ばした。
「おっと」
しかし、子どもは猫のように体勢を整え、綺麗に足からビルの壁に着地した。そのまま壁を蹴り。再びナイフを持ち替え、男の腹目掛けて一直線に、跳んだ。
「!……がぁッ!痛えッ!!」
速さは十分すぎて男は逃げることは叶わず、死神の鎌に囚われる。狙い通り、男の左腹部にナイフは深々と突き刺さり、そのまま押し倒された。馬乗りになれば、もうオシマイだ。
後は右手を後ろへ回し、小振りの拳銃を取り出して、腹を貫かれ泣き叫ぶ獲物の首に引き金を引くだけ。銃口から出てきたのは弾ではなく、羽がなくなった蜂のようなもので。針が男の首筋に刺さった。
「ッなにを……?!」
「薬。ひとつの人格であるアンタを殺す」
「何?!」
もう興味がなくなったらしい。男の身体から下り、無防備にも背を向けた。
「アンタのその力同様、アンタという人格は薬によって〝相棒″から派生させられたもんだってことは知ってたか?」
「何、だと……?」
すなはし
あの病院、国立砂橋大学病院は、ある患者を医療ミスで死にかけさせた。その病院は国が運営する病院。医療ミスだなんてバレれば大問題だ。そこで、その病院に残された道は、世間から医療ミスを叩かれるか、最善は尽くしたと見せかけるかの究極の選択。
病院のお偉方は後者を選んだ。実験段階だった人の細胞を活性化させ、死にかけている人間を生きながらえさせる薬があったから、それを使った。果たして、その患者は助かった。お偉方は実験が成功していたと判断し、喜んだ。ま、世間から叩かれることもなく、おまけに人体実験まで成功して、発表すれば逆に拍手喝采を浴びるんだ。そりゃ喜ぶわな。その後、実験はストップし、調子に乗ってその薬を多用。違う患者にも投与した。最初の患者で止めておけばよかったものを。
その薬には、とてつもない肉体強化と引き換えに、精神を壊す作用があった。そんなことも、まだ解っていなかったというのに。
「ああ、"壊す″というと語弊があるか。……まあ要するに、連中は異常者をたくさん生み出したのさ。そして今までなかった、生み出された人格が、普通の人間にはありえない力を行使する。殺人衝動なり破壊衝動なりに動かされて。 そう、アンタみたいにな。ありえない力は異常な人格に付属しているオプションだ。だからアンタみたいな異常な人格を消せばすべてが元通りってわけ」
わかった?と訊く子どもは、「1+2+3+4+5=15だよ」とでも言うように簡単に告げた。とどのつまり、それは病院側の証拠隠滅 。
「そ、んな……勝手に俺を生み出して、都合が悪いから殺す……?神にでもなったつもりかテメェらは!ふざけんな!」
男は立ち上がると、背を向ける子どもに殴りかかった。しかし、先程までの威力はなく、フラフラと危なっかしい。子どもは振り返ることなく体をずらして避け、足を出して男の体を地面へと戻した。
「ッ!!」
「人の生き死にどうこうできる時点で、人は神サマになっちまってんのさ。病院も、俺も、アンタも、他の人間も。だから人を殺し回ってたアンタにそんな言葉、言われたくはないね」
「~~~ッ!ぁ……、テメェも、その作られた異常者、じゃないのか?ぅ……、なん、でテメェだけ生かさ、れて俺は殺されなきゃ、いけないん、だよ……ッ!!」
「薬が効いてきたか。……俺が生かされてる?あぁ、確かに生かされてる。けど、"アイツ"は殺されたよ。それに、俺たちはちょっと特別でね。自由と引換えに協力してやってんの」
「……、……?」
「嗚呼、もう考えることもできねェか」
男の目も頭もとろんとしてきた。だから自分を窺うしゃがんだ子どもの顔も、言うことも理解できず。少しずつ、少しずつ。ゆっくりと、ゆっくりと。自分が消えていく感覚を遠くで眺めていることしかできなかった。
「……オヤスミ、永遠に」
男は完全に視覚を閉じ、思考を止めた。
少しの間、男を見ていた後、ポケットを探り何かを取り出す。それは黒い補聴器のような形をしていた。耳に近付ける必要もなく、自分を呼ぶ声が聞こえて溜め息が出た。その分、大きく息を吸い。
「うっせー!!」
その小さな機械に吐き捨てると、相手は当たり前だが驚いた。
こうや
《~~~ッ!!いきなり、大きい声を出すな!荒夜!無線機を勝手に外すなって何回言えば判るんだ!》
「うるさい、殺しに集中させろって何回言えば判るんだ。人の愉しみを邪魔しようなんて野暮なことすんなよ、大人のくせに」
《まったく、お前は……物騒なことを言うんじゃない。で、相手は?》
「薬打ったから、死んだ」
《……そうか》
「何?気にしてんの?いいじゃん。俺達と違って記憶も綺麗に分かれているから、元の人格には影響ないし、傷だってどうせ治るんだからさ」
《それでも、やっぱり。――――――彼も、ただの被害者だったのにな》
「――――――アイツに殺られた女、まだ息があったから助かるかもな。俺はその辺で寝てるから、迎えよろしく」
《ハァ!? ちょ、待て……!》
女の場所だけ伝えると、再び無線機をしまった。それでも奴の声が聞こえるけど、無視。先程までの騒ぎが嘘のように、辺りは静寂に包まれている。時間が時間なだけに、車通りもなく、人通りもない。音が抜き取られた世界のよう。それなのに――――――、
<なん、でテメェだけ生かさ、れて俺は殺されなきゃ、いけないん、だよ……ッ!!>
何もかもが五月蝿く感じた。
倒れている男を背に十字路のビルの角まで行くと、曲がったところで腰を下ろす。深く息を吸い、目を閉じた。
右手にある信号機が、赤い光を発していた。
Continues to the "第二人格 荒夜"...
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