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月灯りの下

闇の世界に差し込む光を追い求めて

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この時の私は、

目の前にある大きな白い建物は、普段は気にならないのだが、いざ入ろうと思うと足を進めることを躊躇してしまう。悪いことなどしてはいないというのに……。やはり人間の心理は不思議だ。
 でも、知りたい。否、知らなければ。
 知っていればきっと、私がアリスを傷付けることはなくなる。



<いや~、驚いたわ。あの子にあなたみたいな友達ができてるなんて>
<……あの>
<ん~?な~に?>
<さっきアイリスのことを"アリス"って、呼んでましたよね?お知り合い、なんですか?>
<あら、両方の名前を知ってるなんて、あなた懐かれてるのね~>
<懐かれ……?>
<あの子とは知り合いというか、あの子の師匠とね。腐れ縁というか、うん、幼なじみなのよ。だから、その師匠を通しての知り合いね>
<アリスにお師匠さんがいたんですか!?>
<そりゃねー。人にしたって動物にしたって、生まれたばかりは誰だって、何かの術は教えられなければ身につかないわ。……あの子に生き残る術を与え、殺す術を教えた人。それが師匠>
<あ、あの!今その人はどこにいるんですか?>
<あぁ、刑務所の中で自由気ままな囚人ライフを送ってるんじゃない?>
<囚人ライフ、って……?>
<自首したのよ、彼。アリスが殺し屋になった時にね>
<自首……>
<まったく、何を考えてるんだかね~>

 紅茶を啜る時計屋マッドハッターの女性店主エリサ・キャロルは、怒っているような、呆れたような、悲しそうな、そんな感情をごちゃ混ぜにしたような顔をしていた。

<あ、あの!>
<ん?>
<その人がいる刑務所、ご存知なら教えてもらってもいいですか?>
<……そんなこと、知ってどうするの?>
<知りたいんです。アリスのこと……。私、何も知らないんです、あの子のこと……何も>

 アリスに訊きたいことはたくさんあった。でも、今まで訊けなかった。何となく、訊いちゃいけない気がして。

 ねぇ、アリス。あなたはどこで生まれたの?どこから来たの?ご家族は?兄弟、姉妹はいた?小さい頃はどんな子だったの?どうしてそんなに色んなこと、知ってるの?

<私は、アリスが本当は優しい子だってことしか知らないんです>

 どうしてそんな哀しい色の瞳をしているの?

<私は、あの子に助けられたから。本当は悪い子じゃないって、わかってるんです>

 ……なのに、何故、殺し屋なんて始めたの?


*          *          *


 あの日、私は一人暮らしのおじいちゃんのところへ行っていた。その人は、いつも教会に来てくれていたおじいちゃんだったけど、2日ぐらい見なかった。だから、心配になって訪ねに行った。どうやら腰を痛めて動けなかったらしい。身の回りのことをお世話していたら、帰りは遅くなってしまった。満月は雲に隠れていた。

「遅くまで悪かったね。助かったよ。最近通り魔が出ているらしいから、明るい道を通って帰るんだよ。寒いから気をつけてね」

 返事をして失礼したけど、神父様が持たせてくれた地図は闇夜で見えなかった。しかも暗いせいで、昼間通った道かも怪しまれる状況だ。数時間経っただけで、そこは別世界のようで――――――

「こわい」

ああああああああああぁぁぁぁっ

「ッ?!な、何?!」

 突如聞こえた音は普段聞く機会なんてないため、正体がわからなかった。音源は近い。取り敢えずわかることは、何かがあったということ。
 行かなければ、誰かが困っているかもしれない。そう思う反面、警鐘が頭の中を駆け巡る。だけど警鐘を無視して前者を優先し、聞こえた方向へと走り出した。
 もうこれは職業病みたいなものだな。なんて、そんなことを思いながら。

「はぁ……はぁ……」

 路地の角を曲がると、ふわりと、何かの臭いが鼻に付いた。次に頭に届いたのは、視覚からの情報。座り込んでいる人影と立っている人影。

「あのっ、だ、大丈夫、ですか……?」

 雲が流れ、金色の月が現れ、闇を照らした。

「……え」

 地面に浮かぶは赤い月。依然、紅い闇は黒い地面を浸蝕していく。その紅い闇は、座り込んでいる人影が、静かに生み出していた。
 立っている人影の鋭い瞳が徐にシエナの姿を捕らえる。徐に体の方向を向け、ゆっくりと踏み出す。

「ッ!ひ……ぅ……ぁ」

 逃げなければ。
 脳と身体は別物と言われるだけのことはある。わかっていても、体は思うように動かない。最初の距離から半分ほど縮まった頃、ずるりと、座り込んでいた躯が引きずって倒れた。人影がそれに気を取られた。

「ッ」

 それを合図に走り出した。しかし、硬直しきった体は、その瞬発力には付いて行けず、重力に従い地面へと倒れ込んだ。

「キャッ!」

 急いで上体を起こすが、振り向くと人影は男だとわかるほど近くにいた。

「ぁ……や……ッ」

 後ろに後退るが、距離は縮む一方で。遂に男は目の前に。持っていたナイフを徐に振り上げると同時に、男の口角も厭らしく上がる。血に染まったナイフに月が反射する。

「ばいばい」
「~~~ッ!」

 瞬間。空気を切り裂く音をたてるナイフに、声にならない悲鳴が漏れた。
 その時。
 風を切る音と、ガツンという金属と何かがぶつかる音。足元に石が転がった。
 男は手を途中で止めて、横を見た。崩れ落ちた躯の横に佇む人。雲が、月を覆う。佇んでいた人影が、一歩近付く。

「おおおぉぉぉっ」

 男が方向を変え、現れた人間の髪が靡いた。男が二歩踏み出した時には、既に間合いを詰められて、

「!」

 男がそれに気付いた時には、新たに現れた人物の持つナイフが煌めいていた。

「―――――――」

 男は首から紅い闇を吹き出し、地面に崩れ落ちた。なお首からは闇が広がり続けている。

「ぁ」

 もう、何が何だかわからない。頭が、理解が付いていかない。
 そんなシエナを嘲笑うかのように風が吹き、雲が流され、月が顔を出し、暗い路地裏を再び照らした。彼女がいる路地は、ペンキを一缶か二缶、ぶちまけた様な真っ赤に染まっていた。
 ぱしゃりと、音をたててそこに佇むのは、とても哀しい蒼色をした瞳を持った――――――

「ひ、と……?」

 シエナはそのまま倒れ込み、紅い飛沫を上げて紅い闇に身を沈めた。
 蒼い瞳の人影は、それを眺めていた。さて、これからどうするべきか。そして、ふと背後に気配。振り向いてみると男がビルの上にいた。見覚えがある。確か、エリサさんに見せてもらった写真か何かで、情報屋と聞いた気がする。男は走り去って行った。
 まあ、あれは後でいいだろう。窮すべき問題はこっちだ。このまま逃げてもいいのだが、その場合、倒れている彼女が犯人になる可能性が非常に高い。別にこちらとしては構わないが、彼女も被害者。濡れ衣を着せるには気が引ける相手だ。

『…………』


*          *          *


「……ん」

 目を覚ますと、見知らぬ天井が映る。上体を起こすと、自分がベッドの上にいることに気付く。部屋の中を見渡しても、やはり見知らぬ場所だった。
 何故、私は見知らぬ場所にいるんだろう。
 そんなことを考えていると、向こうの方から
ガチャリ
バタン
ガチャリ
 という音が届いた。入ってきたのは、

『目が覚めましたか』

 銀灰色の髪に蒼い瞳の少女だった。少女と言ってもシエナと同じくらいだろう。紙袋を持っていた。

「……あ、あなたは」

 その瞳は、見覚えがあった。その時。先程あったことを思い出した。

「……ぁ……ぁ」

 身体が震え出す。自分で自分の肩を抱きしめても治まらない。

『………』

 目の前にマグカップが差し出された。中には茶色の液体。見上げると、銀灰色の少女が両手にマグカップを持って立っていた。

『受け入れられない日常は、無理に受け入れる必要はないと、私は思います。受け入れられない日常は、日常ではないのですから』
「……これ、は?」
『ホットチョコレートです。チョコレートには、疲労感をやわらげ気持ちも落ち着かせる効果があります。甘いのが平気なら、どうぞ』
「ありがとう、ございます」

 震える手で受け取ると、少女は自分の手のマグカップに口を付ける。それに倣って口を付けると、口一杯にチョコレートの味が広がった。

「おいしい……」
『それはよかったです』

 飲みながらチラリと、少女を窺う。パッチリと目が合った。

「あ、あの、あの人は……私を襲った人……」
『死にました。というか、殺しました』
「ぇ……」
『………』

 チラリと、今度は少女がシエナを一瞥し、先程の紙袋を目の前に置いた。

『廊下の右の扉は、浴室です。温まってきてください。着替えは用意しておきました』
「そ、そこまでしてもらうわけには……!」
『気にしないでください。拾ったからには最後まで面倒は見ます』
「……ペット?」
『温かい湯に浸かれば、落ち着きますよ。ただし、鏡に掛かっているタオルには触れないように』
「?はい、ありがとうございます」

 マグカップを渡し、言われた場所へ行く。全身を映すような大きな鏡にはタオルが掛けられており、言われた通り触らない。取り敢えずシャワーを出してシャンプーから始める。
 自分の人生の中で、まさかこんな有り得ない光景を見る日が来るとは思わなかった。少女の言葉のお陰か、今日の出来事が遠くに感じ、厭な震えは起きない。
 ……殺したと言っていたが、悪い人じゃない。
 そんなふうに思いを巡らせていたせいか、足元を流れていく薄い紅色の水には気が付かなかった。

「お風呂、ありがとうございました。服も……」
『いえ、サイズが合って何よりです』

 お風呂に湯を張り、温まってから上がる。用意されていた服は、紺色のワンピースだった。恐らく、先程まで来ていたシスター服と同じようなものを用意してくれたのだろう。

『何か食べれますか?』
「あ、今は、さすがにちょっと……」

 先程の事が遠くに感じることが出来たとしても、さすがに食事を摂る気にはなれなかった。

『そうですか。では、送っていきます』
「え?」
『あなたの家、教会へです』
「そ、そんな!いいです!一人で帰れます!」
『一人って……、確かに私はあなたの住んでいるところを知りませんから、ここからどのようにして帰れるのかは知りません。が、あなたもここがどこだか知らないのは同じなはずですが』
「……あ」
『行きましょう』

 スタスタと行ってしまう少女の後を慌てて追いかけた。
 外へ出ると、確かに見覚えのない場所だった。路地裏といったところだろうか。振り返ると、レトロなデザインのアパートがそこにはあった。人通りの多い表通りに出ても、やはりそこは見覚えのない場所だった。
 目指すべき教会の名前を訊かれ答えると、近くはないが、遠い距離でもいらしい。

『人混みは嫌いなので、歩きでいいですか?少し時間はかかりますが』
「はい、私も極力歩きなので大丈夫です!」
『それは、よかった。それでは、行きましょうか』
「はい、よろしくお願いします。……あの、ちょっと気になっているんですが」
『何ですか?』
「何でサングラスかけたんですか?その、変装、ですか?」
『……私、目が弱いというか、光に弱いんです』
「そうなんですか。勿体ないですね、せっかく綺麗な瞳なのに」
『…………』

 それからシエナはあの出来事を忘れるためにか、

「私、シエナ・アトリーといいます。お名前、訊いてもいいですか?」
『……アイリスです』
「アイリス……」

 何の代わり映えのしない自己紹介から始め、自分が住んでいる場所やらそこにいる人々、来る人の話など、日常の話をし続けた。少女・アイリスは、それに相槌を打ち続けた。そして、教会が見えてきたとき。

『では、私はこれで』
「あ、待ってください!……私、お礼がしたいんです。助けてもらった」
『いえ、お気になさらず。気まぐれですから』
「じ、じゃあ、友達として遊びに来て下さい!というか、遊びに行きましょう!」
『は?何を言って、ちょっと!』

 シエナはアイリスを引きずるようにして教会へ向かった。扉の前に立ち止まると、一呼吸置いてから、そろそろと扉を開けた。

「只今帰りました~……」
「シエナ!?貴女連絡もせずにこんな時間まで!!みんな心配していたんですよ!」

 すぐ近くにいたのであろう、シスターと呼ばれた淑女がその顔を怒らせながら走り寄ってきた。

「ご、ごめんなさい!シスター!!」
「今までどこにいたのですか!ちゃんっと説明して――――――」
「まあまあシスター、少し落ち着きなさい。お客様も一緒だよ。シエナ、おかえりなさい」

 説教を始めようとしていたシスターの言葉を遮って、奥から初老の男性が現れた。

「神父様!遅くなってしまってすみませんでした!……ただいま、です」
「そちらの方は?」
『……私は』
「友達です!……あ、予定ですけど」
「そうですか、それはいい」
「それで、その、さっきまでも出ていたんですが……」
「気にすることはないよ。いってらっしゃい。ほら、友達を待たせてはいけないよ」
「神父様!!」
「はい、ありがとうございます!ちょっと待っててね!」
『……あ、ちょっと』

 シエナはそれだけ言い残し、奥へと進んでいく。その先々で他のシスターに話し掛けられていた。
 このまま逃げてしまおうか。そう思っていたのだが、神父と呼ばれていた男が近寄ってきた。

「シエナを助けてくださって、ありがとうございました」
『……助ける、とは?』
「?あの子は迷子になりやすい質で、昨日伺った所も行ったことのない場所だったので、また帰りに迷子になったのではないかと」
『ああ、そういうことですか。まあ、そんなところです』
「ありがとうございました」
『いえ、気まぐれですから』
「気まぐれでも、あの子をここまで連れて来てくださったことは事実です」
『……どういたしまして』

 そこで会話は終わったが、神父は少女を見ていた。
 "助けてくださって"と言われたときはてっきり昨日のことを見られたのかと思ったが、そうではなかったらしい。では、この視線の意味は何なのか。

『……あの、何か』
「ああ、すみません。あの子が同じ年頃の友達を連れて来たことなんてないものですから」
『……………』
「この教会にいらっしゃるのはあの子よりも年上の方が多く、他のシスターも年上で。同じ年頃の友達を作る機会がなかったんですよ。なので、親代わりとしては嬉しくて」
『彼女のご両親は?』
                 ここ
「シエナは赤ん坊の時に、教会の前に置き去りにされていたんです。この子をお願いします、とだけ書かれた置き手紙と共に……」
『…………』
「あの子は私たちのことを家族だと思ってくれている。そして、恩を返そうと、よく働いてくれています。そんな必要はないのに……、ああ、すみません。ついつい話し過ぎてしまった」
『いえ、言い触らすつもりは毛頭ないので、ご安心を』
「そういう意味ではないのですが……、面白い人だ」

 クスクスと笑う神父に、何故笑われているのかと疑問符を浮かべていると、シエナが戻ってきた。

「あの子をよろしくお願いします」
『……はぁ』
「お待たせしました!さ、行こう!」
『ちょ、行くって何処へですか』
「気をつけて行くんだよ」
『行ってきまーす!』

 シエナはアイリスを引きずるようにして教会を後にした。

「私、友達とショッピングして美味しいデザート食べるのが夢だったの!」
『あの……』

 そう言ってアイリスを引っ張ってきたのは、マーケットストリートだった。

「まずはショッピングでいい?何か欲しいものとかある?」
『……特にありません。ご自由に』
「ありがとう!」

 アイリスは諦めたようで、大人しくシエナに付いて行った。服やアクセサリー、花屋や果物屋など、しばらくウィンドウショッピングをして、適当なカフェに入る。

「このケーキ美味し~!!」
『……美味しい』
「あ、アイリスの一口ちょうだい?私のもどうぞ!」
『……どうぞ。ありがとうございます』

 その後、またショッピングに戻る。

「そこのお嬢さん達!寄ってかない?」
『……声、掛けられてますよ』
「……え、私たち?!」
「そうそう、君達だよ。よかったら見ていかない?綺麗なアクセサリー置いてあるよ」
「え、あ!ほんとだ!綺麗~!見ていってもいい?」
『……どうぞ』

 声を掛けてきたのは、屋台のような店でアクセサリーを売っている男だった。

「わー、綺麗!綺麗!……あ、これなんだろ?中に何か粒々したものが入ってる」
「あ、それね、手で覆って除いてごらん」
「はーい」

 中に小さな欠片が入っている大きいビー玉のようなペンダントを言われた通りに見る。すると、中の欠片が淡く光り出した。

「すごーい!光ってる!アイリスも見て」
『……はぁ』
「これ、何で光ってるんですか?」
「フフン、これはね~」
『蓄光ガラスでは?』
「お、よく知ってるね、お嬢さん」
「蓄光ガラスって何?」
『太陽の光りを集めておくと、暗いところで淡く光るガラスのことです』
「へぇ、そうなんだー!」
「大正解!お嬢さん達には特別に安くしとくよ」
「ほんとですか!じゃあ2つ下さい!」
「毎度あり~」
「ありがとうございました!さ、行こう、アイリス」
『はい』

 シエナは男から小さな袋を受け取ると、またアイリスを引きずるように進んだ。その後もウィンドウショッピングは続き、辺りは赤く染まっていた。

『もうそろそろ帰った方がいいですね。またみなさんが心配しますよ』
「じゃあ、アイリス、目をつむって」
『はい?何故ですか』
「いいからいいから」
『…………』

仕 方なくアイリスは目をつむる。視覚を閉じれば、よりはっきりとして来る他の感覚器官。
 シエナが背後に回る。カサカサと何かが擦れる音。その後、少ししてから首に腕が回され、何かが首を過ぎる。紐状の物。絞めてきても直ぐに反応できるよう身構える。が、杞憂に終わる。

「はい、いいよ」
『……?』
「ほら、お揃い」

 自分とアイリスの胸を指差し、嬉しそうに言う。そこには先程買っていたペンダント。

『これ、先程あなたが買っていた物じゃないですか』
「うん、昨日助けてもらったお礼。それと、友達とお揃いっていうの、してみたかったから。直ぐにお礼を言わなきゃいけないのに、言えなくてごめんなさい。助けてくれて、ありがとうございました」
『……あの』
「あ、何?」
『あなた、わかってるんですか?』
「え、何が?」
『……呆れた。友達友達と先程から聞いていれば。いいですか?私は殺し屋ですよ?あなたと馴れ合う謂れはない、ということです。私たちは違う世界に住む人間です。決して交わらない』
「そんなことないよ!」
『は?』
「確かに、アイリスのことは何も知らない、けど!違う世界なんてないよ!だって、同じ国に住んで、同じ星に住んでるんだもん!それに、アイリスは私を助けてくれた!いい人に決まってる!」
『決まってるって……、だからそれは気まぐれで』
「それでも私は生きてるよ!今ここに、生きてるよ」
『…………』
「人は独りでは生きてはいけないって神父様が言ってた。……独りは、淋しいよ」
『ッ、あなたって人は……どれだけ呑気な……!私は殺し屋なんですよ?!それを……あなたに何がわかるって言うんだ!一体何がッ』

 ふと、神父が言っていたシエナの生い立ちを思い出した。

「うん、わからないよ。だから友達になるんだよ」
『!』

 そっとアイリスの手を取ると、ビクリと震えた。

「今の私はあなたのことは何も知らない。でも、哀しい瞳をしてるってことはわかる。アイリスは本当は優しい人。本当に悪い人じゃない。だから、自分から独りになろうとしないで。私が、あなたの傍にいるから。……私と、一緒にいて」

 取っていた手を祈るように握った。

『……私には、殺ししかない』
「…………」
『あなたの世界と私の住む世界は全く違います』
「……アイリス」
『アリス』
「え」

 顔を上げると、アイリスはそっぽを向いていた。

『アイリスは仕事用の名前です。本当の名前はアリスです。私とあなたは何もかもが違います。生きている世界も、思考も。それでも、いいなら……』
「いい!それでもいい!ありがとう、アリス!!」
『ちょっと……!』

 嬉しさのあまりアイリス―――アリス抱き着いて。お揃いにと買ったペンダントが、シエナの気持ちと同じように胸の前で踊っていて。


 この時の私は、アリスとなら


わかりあえると信じて疑わなかった。



 ――――――アリスの言葉も、深く考えずに。
 ついこの間まで、ずっとそう思っていたんだ。
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