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月灯りの下

闇の世界に差し込む光を追い求めて

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そういう意味では、

「あら、かっこいいお兄さん!お隣りいいかしら?」

 4月1日
 今日は"風の申し子"という女怪盗さんに会い、色々と話しを聞かせてもらった。中でも、以前に会ったという殺し屋"血濡れ妖精"の話しは興味深い。可愛い男の子だったそうで、彼女の好みなのだとか。脱走したらまた会いたいとおっしゃっていた。そして、最後に「私、絶っ対脱走しないんだから!」と言い残して戻っていった。エイプリルフールに吐く嘘は、現実にならないと謂いますから、どうなるか楽しみだ。



「お初にお目にかかります。僕はシド・アスキスという者で、探偵をしています」

 4月20日
 今日は探偵屋さんがきて、「最近、裏で有名になってきた"血濡れ妖精"を知っていますか?」と、そう訊かれた。私はずっと監獄暮らし、外のことには疎いので。そう答えると、私の殺し方と似ている、そして私が捕まってからその殺し屋は出て来たと根拠を教えてくれた。私の殺しのスタイルまで調べてあるとは正直驚いたが、正直に話すには確証が欠けている。その殺し屋さんと僕との接点があったという確証が。彼が提示したのはあくまで共通点。似せることなら誰にでもできますよ。そう告げると、「次に来るときは決定的な証拠を持ってきます」と言って帰っていった。いい目を、していた。



         赤     い     幻
「やぁ、あんたが"Jack the red Phantom"さん?ヘェ、結構若いんだ」

 4月3日
 情報屋を名乗る男が訪ねてきた。探偵屋さんと同じことを多々訊かれたが、こちらはかなり失礼な物言いだ。紳士としては、嫌悪感を持たざるを得ない。無礼には無礼で返すのが礼儀。しかし、「もしかしてさあ、あんたの身内じゃないよね?娘、にしては若いから、妹とか?」嗚呼、本当に不躾な男だ。僕に家族はいませんでしたよ。嘘は言っていない。けど、嘘でも「いない」とは言えなかった。彼はその微妙なニュアンスに「ふ~ん」とだけ返した。帰り際、ご忠告を一つして差し上げた。情報屋なら、相手に対する礼儀を弁えた方がいい。引き出せる情報を引き出せないなんてことになると、三流もいいとこですよ、とね。



「あ、あの!はじめまして!私、シエナ・アトリーといいます。ライル・ミルワードさん、ですよね……?」
「はい、そうですよ。はじめまして、シエナさん」

 5月14日
 今日は、また可愛らしいお嬢さんがいらっしゃった。




※流血シーンあり

*          *          *


「あの、ライル・ミルワードさんにお目にかかりたいのですが……」
『では、ここにサインをお願いします』
「あ、はい」

 受付を済ませると、刑務官に面会所へと案内される。

「アトリーさんもライルさんに面会ですか?」
「あ、はい。そうですけど、"も"って?」
「最近ライルさんに面会される方が多いんですよ。と言っても、俺達刑務官が半数なんですけどね」
「え?何でですか?」
「よく相談に乗ってもらったり、愚痴を聞いてもらったりするんです。ライルさんはいい方なので、親身になってくださるんですよ。ほんと、死刑囚とは思えないぐらい」
「そうなんですか……?」
「ええ。なのでシエナさんも何かご相談してみては?……あ、では、ここでお待ちください」
「はい。ありがとうございます」

通された場所には、ガラスを挟んで向かい合わせに椅子が置かれていた。シエナはパイプ椅子に腰掛けた。

(いい人だって言ってたけど、どんな人だろう?)

 向かいにある椅子の向こうにある鉄の扉。どんな人がそこから現れるのか。いい人とはいえ、相手は死刑囚。緊張するなという方が無理な話だ。

 コンコン

「!」
「失礼します」
「え、あ、はい!」

 扉がノックされ、声がかけられた。シエナが返事をして勢いよく腰を上げるのと同時に、ゆっくりと鉄の扉が開く。
 現れたのは、20代半ばぐらいの男性だった。顔はとても整っており、束ねられた赤い長髪が背中で踊っているのが見える。

「あ、あの!はじめまして!私、シエナ・アトリーといいます。ライル・ミルワードさん、ですよね……?」
「はい、そうですよ。はじめまして、シエナさん」

 どうぞ座ってくださいと椅子を指され、椅子に腰を下ろす。それを見届けてからライルもシエナに倣った。
 シエナは殺し屋ということで、もっと冷たくて目だけで人を殺せそうな人を想像していた。しかし想像は大きく裏切り、真逆のタイプだった。声はとても優しく温かい。紅い瞳はどこまでも澄んでいて、どこまでも見透かされてしまいそうだ。紳士的な物腰からはとても死刑囚には見えず、囚人服が不似合いな人。そういう印象を持たせる人物だった。

「それで、今日はどうされました?」
「あ!えっと、その……」

 食い入るようにライルを見つめていたシエナは、自分の目的を忘れていた。しかし、どう言うべきなのだろう。刑務官がいる中、アリスの名前を出していいものか……。

「――――――アストンさん。申し訳ありませんが、席を外していただいてもよろしいでしょうか?シエナさんは、どうやら何かお悩みがあるご様子ですので」
「でしたら、我々がいたら話しにくいですもんね。わかりました。外にいますので、終わりましたら声をかけてください」

 そう言うと、アストンと呼ばれた刑務官は敬礼を残して簡単に去って行った。
 死刑囚相手に刑務官を一人も残さずにいいのだろうか?それだけ信用されているということなのか。

「これで安心してお話しできますね」
「あ、ありがとうございます」
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。取って食おうだなんて思っていませんから」
「わ、私もそんなこと思ってないですよ!というか、そんな人には見えません!」
「」面白いお人ですね

 クスクスと笑う笑顔が、とても綺麗で穏やかで。少しだが緊張が解れたシエナは深呼吸を一つ。

「私には、友――――――、親友がいるんです。その親友とこの間、喧嘩してしまって……」
「そうでしたか」
「でも私が悪いんです。私が全然知らなかったから、親友のこと」

 あの時、アリスは私を守ってくれた。それなのに、私はアリスを責めた。アリスが私を守るために、怪しい人達を殺したと思い込んで。恐くなって。アリスのしていることから勝手に、そう思ってしまった。でも、そうじゃなかった。アリスは誰も殺してはいなかったのに――――――。

「だからここへは知りにきたんです。私の、親友のことを」
「……それは、僕に何か出来ることがありますか?」
「ライルさんにしか、わからないと思うんです。アリスのお師匠さん、なんですよね。エリサさんに聞きました」
「!そうですか、あの子の……。エリサは元気でしたか?」
「はい、とても」

 ライルはアリスの名前が出た途端、驚いているような安心しているような表情を見せた。それから真剣な表情へと変えた。

「それで、僕は何をお話しすればいいでしょうか」
「アリスが殺し屋になった理由を、知りたいんです」
「……わかりました。そうなると、僕とアリスとの出逢いからお話しなければなりませんね」

 目を閉じて呟かれた言葉と表情は、どこか祈るようだった。

「あれは、今から年前になりますか。僕はとある家に仕事で訪れました」



 依頼があった。ある男女2人組を殺して欲しいと。理由は詐欺だった。
僕は誰彼構わず殺すやり方が嫌いだった。だから僕は標的を調べ、殺すか殺さざるかを先ず決めることにしている。逆恨みなどのようなものまで全てこなしていてはキリがない。人は傷つけ合ながら生きていく生き物なんだから、人を怨んだり憎んだりするのは当然のこと。ただ、どうしても赦せない人間もいる。それに、人は簡単に死ぬが、その命は軽くはない。だから先ずは調べて篩にかけるのだ。
 その2人組は確かに詐欺行為を行っていた。女性の方が困っている振りをしたり、時には女性であることを利用して男を誘い出して男性が暴行。金目のものを奪う。たまに男性が女性を誘い、暴行を働くこともあった。被害者は多く、死人も出ていた。
 だから決めた。殺そうと。
 まず家を訪ねて出てきたのは女性の方だった。男性の友人で遊びに来たと微笑むと、簡単に入れてくれた。男性はかなり付き合いが広かったので、昔の友人の振りをすれば取り敢えず警戒を解くことはわかっていた。
 リビングに通されると男性がソファーで寛いでおり、怪訝そうな顔を向けてきた。「誰だ?」という問いに対し、友達の顔を忘れるなんて薄情な奴だと笑って近付く。「そう、だったか?」と言いながら立ち上がった男性。半信半疑、自分の頭の中で該当人物を探しているといった顔だ。そのまま男に近付いて。もう一足で間合いだといところで僕は疾走した。ナイフを深々と腹へと突き立てる。

「ぇ」

 自分の身に何が起きたのか理解した男性は苦痛に歪んだ悲鳴を上げる。次いで女性の悲鳴。
 ソファーに倒れ込む男性を冷静に眺めていると、女性が机の上の果物ナイフを手に背後から走り寄る。だが、動きが遅い。
 女性の突っ込んできた勢いを利用して、振り向き様にナイフを胸へと導いた。心臓を一突き。

「ぅ」
「騙しやがって……コノヤロー!!」

 腹部に刺さったままだったナイフを雄叫びと共に引き抜き、振りかざす。が、そんなものに意味はない。するりと避けて、男性の首目掛けてハイキックをかます。

「散々人を騙していた人間が何を甘いことを言いますか」

 男性は簡単に吹っ飛び、ドアノブに強かに頭を打ち付けた。骨が砕かれ、折れる音が耳障りだった。
 衝撃でドアノブが壊れ落ち、床を鳴らす。男性の倒れる体が扉を押したのだろう、小さな音をたてて扉が少しだけ開いた。
 女性は心臓を一突きにされたショックで、男性は頭蓋骨が陥没し、首の骨が折れたことで絶命した。女性の胸と男性の腹部と頭部からは、生きた証が静かに流れ逝く。
 それを呆っと眺めていると、ふと気配を感じた。男性と女性を見るが、間違いなく死んでいる。窓の外には誰もいない。いや、外じゃない。もっと近くに――――――
 キィという音がするのと同時に、男性が開けて逝った扉が更に開いた。咄嗟に身構える。
 薄暗い部屋の中、

「なっ、子ども……?!」

 蒼い双眸が、僕を見ていた。
 僕はとても驚いた。2人は恋人のような関係ではあったが夫婦ではなく、子どもがいるという情報はなかったからだ。
 その子どもは徐に僕から視線を外すと、舐めるようにゆっくりと女性、男性の順に視線を向けた。

『……このにおい、血?』

 違和感を感じると共に、ぞくりとした。どこか舌足らずな言葉と、子どもが死体を見たにもかかわらず全く見られない動揺に。
 そして、何より。
 その瞳。
 あれは、死人と同じ瞳。
 ぴしゃり、子どもは男性のアカに踏み入り、その躯に近付く。仕事を済ませた部屋の明かりで子どもの姿がはっきりと見えた。
 なんの飾り気もない白いワンピースから覗く透き通るような白い肌ときらめく銀灰色の髪が同調し、子どもを儚く見せる。どうやらこの子は少女らしい。5才くらいだろうか。

『………』

 少女はそれっきり興味を失ったのか自分がいた部屋へと戻って行った。
 さて、どうするべきか。殺すという単語が頭を過ぎったが、先程の少女の言葉がその考えを四散させた。実の両親であろう2人を見て「このひとたち」と言った。2人と無関係とは思えないが、詐欺行為とは無関係だろう。あったとしても、彼女は悪くない。

「――――――っ」

 少女の後を追って部屋に入ると、思わず息を呑んだ。
 そこは狭く暗い、灰色に染まった部屋だった。
 本当は白い部屋なのだろう。唯一の採光は窓からの光のみで、そこには鉄格子とくすんだ磨りガラス。夜は月明かりがなければ真っ暗だろう。あるのはベットのみ。生活感がまるでない。子どもの部屋とは思えなかった。
 それで、何となく理解した。彼女の境遇を。

「こんばんは。僕はライル・ミルワードと申します」
『こん、ばんは……?』
「お嬢さんの名前を教えていただけるかな?」
『なまえ……』

 ベットに腰掛けていた少女の側へ行き、目線を合わせて尋ねた。しかし、彼女は言葉の意味を理解していないのか、はたまた名前がないのか、答えはなかった。
 後にその両方だったことを知ることになるが。

「さっきの2人は死んでしまいました。取り敢えず、よろしければ僕と一緒に来ませんか?このままだと、貴女は死んでしまいます」
『死ぬ……?わたし、死ぬ?』
「――――――ッ」

 この時、先程感じた違和感を理解した。舌足らずなこの少女が、"血"や"死"という単語だけははっきりと発している。
 それほどまでに、それらの単語だけは聞き慣れていたのだろうか――――――。

「……いきましょう」

 そう手を差し出すと、手をじっと見つめ僕を見て、また手を見つめて。小さなその手を重ねてくれた。



「その後調べてみると、少女は確かに2人の子どもだということがわかりました。そして、彼女が中絶に失敗して生まれた子だったということも、わかりました」
「え、……」
「生まれた後は彼女を部屋に監禁していたんです。あの人達にとっては、……いらない子でしたからね。何故捨てなかったのか、理由は闇の中ですが、彼女には暴力を受けていた痕跡がありました。もしかしたら、弱者を側に置くことで優越感にでも浸っていたのかもしれません。反抗させないようにするためか、言葉すらも教えていなかった」
「そんな……ひどい……」
「そして、彼女は社会的にはこの世に存在しない子です」
「……どういう意味、ですか?」
「先程も言ったように、彼女は中絶に失敗して生まれた子。両親は出生届を出さなかったんですよ。……監禁していたこと、暴力を振るっていたことを考えると、いつ死んでもいいように、死体を遺棄した時に足がつかないようにしたのかもしれません。食事も満足に与えていなかったようで、医者に診せたところ本当の年齢は8歳から9歳だったんです」

 ライルは見た目は5歳ぐらいだったと言っていた。しかし、事実は異なっていた。
 日の光もまともに浴びることなく、食事も満足に食べられなかった環境では、発達がそれだけ遅かったのだ。

「彼女のこと、どうすればいいか迷った挙句、戸籍もなく行き場のない彼女を僕はそのまま育てることにしました。境遇は違えど、僕も似たような身。放っておけませんでしたから」
「似たような身……じゃあ、ライルさんも?」
「僕は親に捨てられて、浮浪暮らしをしていました」
「………」
「シエナさん」
「は、はい!!」

 いきなり自分の名前を呼ばれ、挙動不審になる。

「自分が生まれてきた意味、生きる意味を考えたことがおありですか?」
「……あります。私も、捨てられてたので。……あ、でも教会に捨てられていて、神父様たちが育ててくださったので寂しい思いはさほどなかったんですけどね。私にとっては神父様がお父さん、シスター長がお母さんです」
「そうでしたか。しかし、いい方達に出会えましたね」
「はい」
「……生まれてきた意味や生きる意味というのは、生きることを保証されている人が考えられることだと、僕は思います」

 生きることが保証されていない、明日死ぬかもしれない人間は、今日をどう生き抜くのか。それしか見ていない。それのみを見て生きている。
 そして生きるために何でもする。盗みだろうが、殺しだろうが。そこに善悪は存在しない。そこにあるのは、ただ生きたいという想いのみ。生の意味なんてものを考えている余裕はない。ただがむしゃらに生きている。

「しかし、アリスが我々と違うのは、長い時間を独りで死んだように過ごしてきたということです。彼女にとってはそれが日常で、そこでは生死の境界線は曖昧で……。その日常を僕が壊した」
「壊したって……、確かにライルさんはアリスのご両親を殺してしまったけど、アリスを助けてくれました!」
「いいえ。アリスにとってはあの暗い灰色の部屋が世界の全て。世界の住人は3人だけだったんです。それが僕と生活するようになって外へ出るようになり、別の世界を知った。明るい世界に生き生きとしている人々。比較する対象が現れ、他者と比較することを識る。それのより、今まで当たり前だと思っていた世界が崩れ去り、自分という存在が不確かになった。さぞ、自分に対して不信感を持ったことでしょう」

 あの人達はあんなにも生きている。あんなにも、誰かと一緒にいて、必要とされて。
 ――――――じゃあ、私は?
 私は今まで生きていたのか?そして、今も。
 私は何のためにここに、いる?

「そんな折、ある日僕の家に泥棒が入りました。その時留守番をしていたアリスと鉢合わせをしてしまって、アリスを殺そうとした犯人を逆にアリスは殺してしまったんですよ」
「でもそれって……!正当防衛、ですよね?」
「それでも、手に掛けたことに変わりはないんですよ。本人にとってしてみればね。それは社会が設けた制度でしかない。……今まで殺され続け、死人のように生きていたアリスは、初めて自分が招いた死に生を微かに見出だした。曖昧な生を抱えて生きてきたアリスと、完膚なきまでに生を奪われた男。死を見ることで生を識ることができる。その時にそう悟ったアリスは、殺し屋になろうと決めたのです」
「生きることを識るために、アリスは殺し屋に……」

 ライルと出逢うまで両親に肉体的な意味ではなく、精神的な意味で殺され続けたアリス。毎日殺され、死人と同じ次元に立っていた。そのことに対し、他の次元を生きる人間を知らなかったから、疑問を抱くこともなかった。
 しかしライルと出逢ってから、自分は異質であることに気付かされた。あまりにも世界が輝いていて。あまりにも生きている人々が眩しくて――――――。

「アリスは自分が生きているのか自信が持てず、生に疑問を抱いた」

 私は本当に生きているのか。生きているならば何故生まれてきたのか、何故生きるのか。
 その意味が、理由が知りたい――――――!

「しかし、人は意味を持って生まれてくるわけではなく、己の生に意味を持たせるために生きている。僕はそう思うんですよ」
「……なら、そう思うなら、何でアリスにそう教えてあげなかったんですか!?そしたら、教えてあげていれば!アリスは殺し屋なんかにならなかったかもしれないのに!」

 デスクを叩いて感情任せにライルを糾弾した。
 自分が生きているということをはっきり言うことが出来ないとは、どういう気持ちなんだろう。それがシエナにはわからない。
 けれど、きっと辛いはずだ、今も。泣きたいはずだ、きっと。今も独りで彷徨っている。生と死の間を。
 そこにはきっと、何もないのに――――――。

「そうですか。あの子を想って怒り、あの子の為に泣いてくれる人が現れたんですね」

 藤色の瞳を怒らせながらも、涙を静かに流すシエナに優しい瞳を向ける。

「確かに貴女の言う通りです。さすがに僕も彼女に殺しの術を教えるか否か逡巡しました。しかし、結局僕には断ることが出来ませんでした。自分の中に生まれた生の感覚を、必死で繋ぎ留めようとしているあの子を。そして殺し屋である僕に教えられる生き方は、そんな碌でもない生き方しかなかったんですよ。その生き方しか、僕は知らなかった。それに、僕もそう思うようになったのは、ゆっくりと考えられるようになった後……監獄暮らしを始めた後でしたから」

 今でも忘れることはない。
 いつも光のないぼんやりとした蒼い瞳をしていたアリスが、ようやく光を見出だしたような綺麗な瞳をして、僕を見ていた。あの瞳を再び曇らせるようなことはできなかった。たとえその見出だした希望が闇の世界へと続く道だったとしても、閉ざすことは――――――。
 それほどまでに、大切な存在になっていた。
 哀しげに笑うライルを見て思った。ああ、この人もアリスの幸せを願っているのか。他の人に当たり前に与えられている、普通に生きるという幸せを。

「……私は、アリスに何がしてあげられるんでしょうか?」
「同じところに立ったことがある人間にしかわからないことがあるように、同じところに立っていない人間だからこそわかることがあります。だから、貴女しかできない、貴女の方法で助けてあげてください。――――――どうか、あの子のことをよろしくお願いします」

 ライルは深々と頭を下げた。

「いえ、そんな!頭を上げてください!!……あの、最後にお訊きしたいことがあるんですが……」
「何でしょうか?」
「何故、自首されたんですか?アリスを置いて」
「アリスには秘密ですよ?――――――僕はアリスに救われたです」
「救われた?」
「ええ。僕は生きるために殺し屋をしてきました。しかし、あの子と暮らす内に、僕は殺すことを躊躇し、殺すことができなくなってしまいました。けれど、それを辛いとは思わなかった。ただ肩が軽くなった思いでした。だから自首をしたんです。……ああ、そういう意味では、


僕はアリスに殺されたんです。



殺し屋としての僕は、ね」



 5月14日
 今日は、また可愛らしいお嬢さんがいらっしゃっいました。名前はシエナ・アトリーさん。あの子の親友で、あの子のことを知るために、わざわざここまで来てくださいました。あの子が私にとってのアリスになってくれたように、アリスにとって――――――

 ふと、外で気配がした。その気配に思わず頬が緩む。本当に最近は、外から訪ねてくる人が多い。

「お久しぶりですね、アリス」
『……お久しぶりです。やっぱりバレちゃいましたか』
「いいえ、とても上手に隠していましたよ。現に、ここへ来るまでわかりませんでしたから……。それに、最近の仕事ぶりも噂で聞いていますよ。成長しましたね」
『ありがとう、ございます』

 少し照れた声に表情を想像する。昔から感情表現は少なく、表情もほとんど変わらなかった。しかし、長い時間とまでは言えないかもしれないが、一緒に生活し、師匠として親としてアリスを見てきたライルには見分けがついていた。

「それで、今日はどうしました?」
『……昨夜、他の殺し屋さんと会いまして――――――』

 人をたくさん殺してきた人間は碌な死に方をしないと言われたので、ちょって気になって……。

「心配して来てくれたんですね。ありがとうございます。大丈夫、僕はこの通りピンピンしています。刑務官の方達ともうまくいっていますし、楽しく過ごしていますから、安心してください」
『……はい』

 その後、2、3話しをすると刑務官の見回りの時間が来た。

『それでは、私はこれで失礼します』
「もうそんな時間ですか。……そういえば、僕のところに探偵屋さんと、とても不躾な情報屋さんが訪ねてきました」
『不躾な情報屋――――――ウイルスがこんなところまで……懲りませんね、あの人も』
「お知り合いですか?」
『何故か私の周りを嗅ぎ回っている情報屋です。まあ、釘は"撃って"おきました』
「そうですか。では探偵屋さんには会ったことがないのですね。彼には気をつけなさい、アリス。彼も相当の腕を持っていると思いますよ」
『ご忠告ありがとうございます。気をつけます。それでは』
「アリス」

 離れていく気配に彼女の名を呼ぶ。

「探しているものは、見つかりましたか」

 風が二人の間に静謐を連れて来る。静かに流れる時を、静かに見守る。

『――――――いえ、まだ探しています。これからも、探します』
「そうですか。それは残念です。早く、気付けるといいですね。アリス」

 ライルの祈りじみた言霊は誰に届くこともなく、静かに風が連れ去った。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


詰め込みすぎてもう何が何やら、色々と崩壊してしまっている気がして仕方がありません。
文才のなさが恨めしいです……orz

今度、番外編的な感じでライルの話が書きたいです。
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