月灯りの下
闇の世界に差し込む光を追い求めて
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只今、謎の連続窒息死殺人事件捜査中!(後編)
30分程車を走らせ着いた森林公園は、街灯の数が少ないため普段は暗いんだろう。しかし、今は捜査のためライトが多く導入されており、眩しいくらいだ。その中心に警官たちとブルーシートが見える。
俺は先輩を先頭にその場所へ向かう。部外者の侵入を防ぐ見張りの警官を警察手帳でパスし、ブルーシートを潜った。
「おぅ、お疲れって――――――水成じゃないか」
『担当はニモさんでしたか。お疲れ様です』
にもりひろすけ
二森博輔刑事。先輩曰くニモさん。
刑事部は男性が多く血の気も多い。そんな部が扱う仕事に、いきなり光りの速さで横槍を入れ、手柄を綺麗に持って行ってしまう先輩をライバル視する人間は多い。その人達か
みやしろ
ら情報を引き出すのは一苦労だ。まあ、宮城さんほど毛嫌いしている人間は少ないのだが。そんな中、二森さんは唯一友好的と言っても過言ではない貴重なお人だ。情報もわかっている範囲で教えてくれる。
「お前もこのヤマ追ってるのか?」
『はい。連続殺人の連鎖は、なんとしても止めなければならないものですから』
「相変わらずのじゃじゃ馬姫っぷりだな。頑張れよ?秋木」
「ハハハハ……」
「しっかし、お前らが出張ってくると手柄取られちまうな~。今回も」
『手柄なんて興味ありませんよ。それはお互い様でしょ?』
「まあな。あるのは早期解決欲だけだ」
そう。この二人は珍しいことに手柄にはこだわらない。犯人を捕まえるため。ただその理由だけで動いている。二森さんが友好的な理由はここにあった。
『それで、害者の身元と死因はわかったんですか?』
「身元はまだ調べさせているところだ。頭部に何かで殴られた跡があったが、深さからして致命傷じゃあない。詳しい死因も――――――」
その時、タイミングよく二森さんの携帯が鳴った。
「ん、丁度わかったらしいな。もしもし、二森。……それで?……ああ。そうか、わかった。ご苦労さん」
『わかりましたか』
「ああ。死因は窒息死。前の2件同様、頭部には殴られた痕と少量の塗料に錆びが検出され、索条痕はなく、肺が膨れ上がっていたらしい。そして手首と足首には、例の太い圧迫痕。決まりだな」
『ッ』
「先輩……」
「………」
先輩は悔しそうに顔を歪ませ、拳を握った。
この人は大きかろうが小さかろうが、誰よりも犯罪を嫌っている。きっと自分が捜査し始めた事件に、新たな被害者が出てしまったことが赦せないのだ。人を殺めた犯人も。それを止められなかった自分も。
「取り敢えず、今日はもう上がれ。水成」
『え……!いえ、私も捜査に加わって――――――』
「怒りに任せた捜査はミスを招くぞ」
『ッ』
「どうせ朝からずっと出張ってたんだろ?なら休め」
『しかし』
「あんまお前が無茶すると、秋木も過労死するぞ」
二人仲良く過労死心中する気か?と軽く笑う二森さん。過労死心中って何だ。
「安心しろ。何かわかったら連絡入れるから。その代わり、宮城には黙ってろよ?お前に肩入れすると、アイツが一番五月蝿いからな~」
先輩の頭をボスボスと叩きながら、言い含めるように宥める。
『わかり、ました。よろしくお願いします』
「おぅ。任せとけ」
『行くぞ、秋木』
「あ、はい。それでは、よろしくお願いします」
頭を下げる俺に二森さんは困ったもんだと苦笑しながら、ヒラヒラと手を振った。そして「後は頼むわ」と口をパクパクされた。
『ハァ……』
車に乗り込むと、先輩は深く息を吐いて座席に沈んだ。
「先輩、取り敢えずご飯食べません?」
『……ええ、そうね。今日は、終わりにしましょうか』
「はい。何がいいっスか?」
『特にこれといったものはないけど、甘いもの食べたいな』
「それじゃあ夕飯になりませんって」
結局、俺達は適当にファミレスに入り食事を済ませた。その後は特使課に一旦戻り、その場で解散となった。送りましょうかという申し出もやんわりと断られたため、俺は仕方なく特使課を後にした。
俺は先輩を先頭にその場所へ向かう。部外者の侵入を防ぐ見張りの警官を警察手帳でパスし、ブルーシートを潜った。
「おぅ、お疲れって――――――水成じゃないか」
『担当はニモさんでしたか。お疲れ様です』
にもりひろすけ
二森博輔刑事。先輩曰くニモさん。
刑事部は男性が多く血の気も多い。そんな部が扱う仕事に、いきなり光りの速さで横槍を入れ、手柄を綺麗に持って行ってしまう先輩をライバル視する人間は多い。その人達か
みやしろ
ら情報を引き出すのは一苦労だ。まあ、宮城さんほど毛嫌いしている人間は少ないのだが。そんな中、二森さんは唯一友好的と言っても過言ではない貴重なお人だ。情報もわかっている範囲で教えてくれる。
「お前もこのヤマ追ってるのか?」
『はい。連続殺人の連鎖は、なんとしても止めなければならないものですから』
「相変わらずのじゃじゃ馬姫っぷりだな。頑張れよ?秋木」
「ハハハハ……」
「しっかし、お前らが出張ってくると手柄取られちまうな~。今回も」
『手柄なんて興味ありませんよ。それはお互い様でしょ?』
「まあな。あるのは早期解決欲だけだ」
そう。この二人は珍しいことに手柄にはこだわらない。犯人を捕まえるため。ただその理由だけで動いている。二森さんが友好的な理由はここにあった。
『それで、害者の身元と死因はわかったんですか?』
「身元はまだ調べさせているところだ。頭部に何かで殴られた跡があったが、深さからして致命傷じゃあない。詳しい死因も――――――」
その時、タイミングよく二森さんの携帯が鳴った。
「ん、丁度わかったらしいな。もしもし、二森。……それで?……ああ。そうか、わかった。ご苦労さん」
『わかりましたか』
「ああ。死因は窒息死。前の2件同様、頭部には殴られた痕と少量の塗料に錆びが検出され、索条痕はなく、肺が膨れ上がっていたらしい。そして手首と足首には、例の太い圧迫痕。決まりだな」
『ッ』
「先輩……」
「………」
先輩は悔しそうに顔を歪ませ、拳を握った。
この人は大きかろうが小さかろうが、誰よりも犯罪を嫌っている。きっと自分が捜査し始めた事件に、新たな被害者が出てしまったことが赦せないのだ。人を殺めた犯人も。それを止められなかった自分も。
「取り敢えず、今日はもう上がれ。水成」
『え……!いえ、私も捜査に加わって――――――』
「怒りに任せた捜査はミスを招くぞ」
『ッ』
「どうせ朝からずっと出張ってたんだろ?なら休め」
『しかし』
「あんまお前が無茶すると、秋木も過労死するぞ」
二人仲良く過労死心中する気か?と軽く笑う二森さん。過労死心中って何だ。
「安心しろ。何かわかったら連絡入れるから。その代わり、宮城には黙ってろよ?お前に肩入れすると、アイツが一番五月蝿いからな~」
先輩の頭をボスボスと叩きながら、言い含めるように宥める。
『わかり、ました。よろしくお願いします』
「おぅ。任せとけ」
『行くぞ、秋木』
「あ、はい。それでは、よろしくお願いします」
頭を下げる俺に二森さんは困ったもんだと苦笑しながら、ヒラヒラと手を振った。そして「後は頼むわ」と口をパクパクされた。
『ハァ……』
車に乗り込むと、先輩は深く息を吐いて座席に沈んだ。
「先輩、取り敢えずご飯食べません?」
『……ええ、そうね。今日は、終わりにしましょうか』
「はい。何がいいっスか?」
『特にこれといったものはないけど、甘いもの食べたいな』
「それじゃあ夕飯になりませんって」
結局、俺達は適当にファミレスに入り食事を済ませた。その後は特使課に一旦戻り、その場で解散となった。送りましょうかという申し出もやんわりと断られたため、俺は仕方なく特使課を後にした。
只今、謎の連続窒息死殺人事件捜査中!(後編)
翌朝。
特使課に来てみれば、先輩は机に突っ伏して眠っていた。机には捜査資料が乱雑に並べられ、携帯が待機している。恐らく連絡がいつ来てもいいようにしていたのだろう。枕代わりにされている先輩代理の猫のぬいぐるみが怨みがましくこちらを見ている。
「……そんな目で見るなよ」
早期解決を目指して突き進む先輩を止める術を、俺は持ち合わせていない。
部屋の隅にあるロッカーを開けて毛布を取り出し、先輩を起こさないよう慎重に掛ける。いつもはちょっとしたことでも起きる人が全く起きる気配がない。何時まで起きてたんだこの人は。
取り敢えずと机の上の資料を整理し始め、片付けが済んだ頃。
プルルルルルルル
「!」
先輩の携帯が、鳴った。
『――――――ッ』
ガバリと起き上がった先輩。その目と俺の目がかち合った。
『あ、きぎくん……?』
「それは後にして」
電話電話と指差すと、慌てて携帯を取った。
『はい、水成!あ、ニモさん。お疲れ様です。いやいや、泊まってませんって。ほんとですって。ちゃんと帰って安眠しましたって』
嘘吐け。
『それで、何かわかりました?』
* * *
はこづくりくにたか
『被害者は箱作 邦隆さん45歳。職業は自称画家。まあ、パートやら派遣やらで食いつないでいたらしい。ということで、朝一で遺族に話しを訊きに行く』
そうして着いた箱作邸には、既に捜査員達がいた。車を降りた先輩を目にした捜査員達はいい顔をしない。冷ややかな目で先輩を一瞥しては「水成警部」「水成警部だ」と口々に囁いた。
「よう、水成。相変わらず人気だな」
『お疲れ様です、ニモさん。人気だなんて、そんな……』
「いや、照れんでくださいよ。そこで」
「お前達も聞き込みか?」
『ええ。同席しても?』
「もちろんだ」
箱作さんは結婚はしておらず、住み込みで働いている家政婦さんが1人いるだけだった。
「箱作さんはどのような方でした?」
「きちんとした職にお就きになっていなかったという意味では不真面目な方と言えますが、絵が描くのがお好きな方で、絵を描くときはそれはもう生き生きとした表情をされていました」
「職を転々としていたとおっしゃっていましたが、何か問題でもあったんですかね?」
「いえ、邦隆さんがお就きになるお仕事は派遣や契約社員が多かったので、お辞めになることが多かっただけです。問題というのなら、絵に関することとなるととてもこだわる方でしたので、その時間が取れない仕事だとわかればすぐにお辞めてしまっていた、ということぐらいでしょうか」
「絵に関することにこだわって仕事を辞めてしまうとは、随分と気が短い方だったようですね」
「他の方からするとそう見えるのかもしれませんね。しかし絵に対する情熱は本物で、絵のこととなると自分に対しても他人に対しても厳しい方でした。お茶をお持ちしましたら丁度絵を描いておられるときで、お邪魔してしまった時がありまして、とても怒られたこともありました」
「それであなたは恨んでいたんですか?」
「恨んでいただなんて、とんでもない!私は邦隆さんを尊敬してました!!」
「失礼しました。他に箱作さんと揉めていた人物などに心当たりは?」
「……いえ、思い当たりませんが」
「そうですか」
『――――――あの、私からもよろしいでしょうか』
今まで壁に掛けられた絵を眺めていた先輩が横槍を入れた。
「え?あ、はい」
『箱作氏が描かれている絵は風景画が多いようですが――――――』
「え、これ箱作さんが描いた絵なんスか!?」
『よく見ろ。隅にH.Hotakaってサインが入ってる』
「ええ。素敵でしょ?人物画は苦手だとおっしゃって描かれませんでしたが……。自転車に画材を積んでリュックを背負っては、よく公園や河原、動物園などへ行かれて風景画をお描きになっていました」
「自転車で?画材って荷物が多いイメージがあるんですけど、そうでもないんスか?」
「決して少ないわけではありませんが、邦隆さんは免許を持っておられなかったので。それに自然に少しでも触れていた方が、イメージが沸くからと仰って自転車を好んで使っていらっしゃいました。なので、必要最低限なものだけをお持ちになってお出掛けされていました」
『その出掛けた先で何かトラブルに巻き込まれたという話しを聞いたことはありませんか?』
「いえ、見た風景などのことはよく話して下さいましたが、そういった話しは特に」
『では、彼らに見覚えはありませんか?』
先輩の言葉を聞き、2人の被害者の写真を取り出して見せた。
「いいえ。ないと思いますけど……」
『そうですか』
先輩は二森さんに目で合図を送ると、二森さんは立ち上がった。
「では、今日はこの辺で。ご協力ありがとうございました。何か思い出されましたら、こちらまでご連絡願います」
その後、俺達は二森さんにくっついて被害者が務めていたリサイクルショップに向かったのだが、
「確かに職を転々としているようでしたが、その御陰か知識も豊富でね。特に絵画は長けていた。だから重宝していたんですよ、ウチはそういう店だから。……え、トラブル?特にないですよ。お客さんとも揉め事はなかったですし、ウチの中でも聞いたことがない。真面目で気さくな人でしたからね」
「特に出てきませんでしたね」
『……そう、だな』
「で?俺達は害者が勤めていた過去の会社に当たってみるが、水成たちはどうする?一緒にくるか?」
『あ、いえ。そちらはニモさん達にお任せします。私たちは少し引っかかっていることがあるので、そちらからあたってみます』
「そうか。なら何か掴んだら――――――」
『お互い連絡するように、ですね』
「そういうことだ」
こうして俺達は二森さんと別れた。
「あの、引っかかってることってなんスか?」
『それが、はっきりとはまだ何かわからないんだ。ただ漠然と、何かが引っかかっている。……兎に角、情報を整理したい。適当に走らせてくれ』
「わかりました」
車に乗り込み発進させる。先輩は棒付きの飴を取り出すと、それを口に放り込み窓の外を眺めている。先輩が引っかかっていることというのは、恐らく3人の被害者の共通点。それが事件を解くの鍵となる、そう言っていた。
俺だってこれでも刑事だ。先輩に任せっきりじゃなく、自分でも考えなければ……。
きくたつやひこ
第一の被害者・菊達 冶彦は、明るくて負けず嫌いな青年。その性格故、バイト先でも客と揉めることもあり、クレーマー紛いなこともしていた。その線では恨まれている可能性がある。趣味はロードバイク。
ひしなかなおひと
第二の被害者・菱中 均等は、真面目で優しくて優秀な人。しかし、その一方で細かいところも気になる人で融通が利かないところもあった。務めていた会社では監査をしていたというから、目の上のたん瘤のように思っていた人もいそうだ。趣味は映画鑑賞。
第三の被害者・箱作邦隆も、職を転々としていたものの真面目で優しくて知識人。ただ自分が描く絵にはこだわりを持っていたため、絵のこととなると自分にも他人にも厳しくなる。ここで何かトラブルがあったのかもしれない。趣味は絵を描くこと。
全員がトラブルを抱えていた可能性を持っているものの、趣味も勤め先もバラバラ。家はまあ近いものの、お互いが顔見知りになるコミュニティーはない。
得た情報を整理しても、性格が似たり寄ったりというだけで、他に共通点は――――――
『自転車』
「え……?」
ぽつりと呟いた先輩の見つめる先を辿ると、そこには自転車に乗る子どもの姿。
「あの、自転車がどうか」
『そうだ!これだったんだ!何で今まで気付かなかったんだ私は!』
ガリッと飴を噛み砕くと、指示を飛ばした。
『秋木、取り敢えず特使課に戻るぞ!確認しなければならないことが出てきた』
「了解っス!」
* * *
『第二の被害者・菱中均等氏の家には自転車が置かれており、綺麗に手入れされていた。細かいことも気にし過ぎるという菱中氏の性格からして使っていようがいまいが関係なく手入れぐらいはしているだろうが、使わない物をわざわざ人目につく場所に置かないだろう。そう思って確認してみたらビンゴだ。通勤に使っていた。そして殺害される前に、自転車が2度パンクしたと言っていたらしい。会社の方にも確認したら、パンクしたせいでギリギリの時間に出勤した日があった』
「第一の被害者・菊達冶彦さんは趣味がロードバイク。学校の帰りにも自転車屋に寄っていたという証言から、こちらも日常的に乗っていたと思います」
『だろうな。そして話しを聞いた学生は、自転車の話しになってから菊達氏がクレーマー紛いの事をしていたことを思い出した。思い出すという事象は、何かしらのきっかけがあって起こるものだ。今回の場合、きっかけはそれを思い出す前に話していた内容』
「確認しました。こちらも殺される前に、自転車がパンクし直してもらっなのにすぐにまたパンクした事に腹を立ていて、文句を言いに行くと話していたそうです」
『そして第三の被害者・箱作邦隆氏は、趣味の絵を描きに行くための足として自転車を使っていた。こちらも殺害される前に、パンクして絵を描く時間が減ってしまったとブツブツ文句を言っていたことがあったと、家政婦さんから証言が得られた。しかも2回』
「つまり、3人の被害者の共通点は自転車に日常的に乗り、殺害される前に2度パンクしていた……」
『そういうことだ。そして箱作氏が使った自転車屋はわからなかったが、菊達氏がクレームを言いに行くと言っていた自転車屋ならわかった。そして菱中氏が2度行ったと思われる自転車屋も、残されていたレシートから判明した』
デスクに広げられていた地図にパチンと磁石オセロの小さなコマの黒面を置いた。何故ある。
しまた
『島多自転車』
「あとは箱作さんがそこを使ったか、ですね」
『それなら恐らく、ここで間違いない』
「何故っスか?」
『ここが菱中邸と、勤めていた会社……。ここが菊達氏宅と、大学院……。そしてここが箱作邸と、よく通っていたという公園……』
今度は地図に磁石オセロの白面を置いていく。すると、
「これは……!」
『彼らのよく使う動線付近の自転車屋は、ここだけだ』
白いコマたちが黒いコマを囲むような形になった。
確かに自転車がパンクすれば、誰だって最寄りの自転車屋を利用する。この博多自転車は、箱作さんがよく行っていたという公園が一番近い。ということは、絵を描く時間が削られることをとても嫌っていた箱作さんが使った可能性は大いにある。
『行くぞ、秋木。――――――シナリオは、整った』
* * *
「島多自転車の店長さんですか?」
目的地へと着いた俺達は店へと足を踏み入れた。こじんまりとした店には自転車が所狭しと並べられており、その中に男が1人いた。
「ええ、そうですが」
「他に従業員の方はいらっしゃいますか?」
「いえ、私だけです……。あの、あなた方は?」
『申し遅れました。私たちはこういう者です』
先輩は懐から出した警察手帳を提示した。
「警察……」
『特使捜査課の水成と申します』
「同じく、秋木です」
『この3人、ご存知ですよね?菊達冶彦氏、菱中均等氏、箱作邦隆氏』
「知りませんよ、そんな人達」
被害者の写真を提示していくが、男はチラリと見ただけで顔を背けた。
『菱中氏はここのレシートをお持ちでしたが?』
「そんなこと言われても、毎日客がくるので覚えてられませんよ」
『まあ、そうでしょうね』
「……用件はそれだけですか?ならお引き取りください。こっちはまだ営業中なんだ」
先輩の物言いに腹を立てたのか、腹立たし気に言うと背中を向けた。そこで先輩はニヤリと笑った。
『いいんですか?このまま我々を帰してしまって』
「……何?」
『気になりませんか?我々が何をしにきたのか、彼らが一体何者なのか』
「それは――――――」
「普通気になりますよね。警察が行きなり来て、誰かも分からない写真を見せられれば」
「ッそれは……!そいつらアレだろ?こないだ殺されたっていう!テレビで見て――――――」
『客の顔は覚えていないのに、ニュースで少ししか流れない被害者の顔は覚えていたんですね。さっきは知らないとしかおっしゃらなかったのに』
「ッだから俺が犯人だとでも言うのか!?」
『まさか。そんな突飛なことは言いませんよ。ただ、疑っていることは、事実ですが』
「………」
『なので、疑いを晴らすためにも調べさせていただけませんか?』
「何を調べると言うんだ」
『あなたの店にある空気入れ全て』
「!」
男が目を見開いて先輩を凝視した。
『あんな殺され方をしたんだから、使われたのは空気入れしか考えられない』
「何でだよ!空気を入れるものなんて他にもあるだろ?!……そうだ、車屋とかタイヤ売ってる店だって――――――」
「ちょ、すみません。話しの腰を折りますが、何で空気入れが必要なんスか?」
「……ぁ」
男はしまったという顔をした。それを見て先輩は人が悪そうな笑みを浮かべた。
『ほら、そこでも疑問に思わなきゃ。何で空気入れなんかが殺人に必要なんだ、と』
「……ッ」
『害者達には口と鼻にガムテープが貼られた跡があった。一方で、肺は息を思い切り吸い込んだように膨らんでいた。しかし何かをガムテープで固定したような形跡はなく、ガムテープの跡は綺麗に付いていた。ならどうやったのか。――――――ガムテープに穴を空け、そこに空気を入れられるような物を差し込んだんだ』
「それが、空気入れ……」
『ああ。自転車屋の空気入れは一般家庭にある物とは違い、一瞬で入るから苦労もないし、空気入れの種類には先端が針のような形になっている物もあると聞いたことがある。それならガムテープに入れるときも、穴を空ける手間は省ける』
「だとすると……」
『空気入れの先端は害者の口の中。空気入れを調べれば出てくるはずだ。害者達のDNAがな』
「ッ」
「じゃあ被害者たちの手や足首に残されていた跡は、何だったんスか?」
『あれは、タイヤを使ったんだろ?店主』
「…………」
「タイヤ?でもタイヤの模様というか、溝の跡はなかったですよ?それに巻くの結構大変なんじゃ……」
『タイヤの外じゃない。中のチューブを使ったんだ。チューブに溝はないから、害者達には跡は残らず、犯人の特定も難しいと考えたんだろう。巻くのだって、完全に巻きつける必要はない。空気を入れてしまえば、密着して身動きが取れなくなる』
「あぁ……!!」
『ここまで空気を入れることに対してだわっていたところを見ると、動機はプライドを傷つけられたから』
「ああ……、ああそうだそうだよ」
俯いたまま反応を示さなかった男が激昂し始めた。
「アイツらは、俺の仕事にケチをつけて来やがったんだ。直してすぐにパンクした、どんな仕事したらそうなるんだってな!一度パンクすれば、またパンクしやすくなるもんだ!それがいつパンクするかなんて知るかよ!こっちはきっちり直してんだ!それをアイツらは俺の仕事のせいにしやがって!好き放題言いやがって……!」
「そんなことで殺したのか、あんた」
「そんなことだとッ?!俺は18からここを継いで、45年!45年働いてきたんだ!プライド持って、この仕事をしてきたんだ!だから教えてやったんだよ、アイツらに!俺の技術は完璧だってな!こんなにも完璧に穴を塞いで、空気を入れられるんだってなァ!」
「アンタなぁ」
『ふ、ざけるな!!』
俺の言葉を遮って先輩の怒号が響き渡る。思わず体が強張った俺を他所に、その張本人は男の胸倉を掴んでいた。
『何がプライドだ!!自らそのプライドを汚した奴が何を言う!!自分の技術が完璧だと示す方法ならいくらでもあるだろうが!!』
「ッ」
『確かに、誇っていたものを貶されて頭にきたのは分かる。しかし、一番やってはいけない方法で技術を示そうとした時点で、貴様にプライドを語る資格なんてない!!』
「~~~ックソ」
「――――――おうおう、相変わらずやってるな。水成」
『!』
「二森警部」
この場にいなかった声がすると、先輩は我に返ったように男の胸倉からスルリと手を離した。声のした方を見ると、特使課を後にするときに連絡を入れた二森さんが、部下を連れて入口を潜って来るところだった。
みちお
「島多通雄さんですね。菊達冶彦、菱中均等、箱作邦隆殺害の件でお聞きしたい事があります。署までご同行願えますか」
その後、店から血痕が付着した空気入れと、被害者たちのDNAが付着した空気入れが発見された。血痕が付着した空気入れは、被害者の頭部に残されていた塗料や錆びと一致した。どうやら文句を言いに来た被害者たちの頭部をその空気入れで殴打し気絶させ、その間にタイヤのチューブで縛り上げ、犯行に及んでいたらしい。
これらが証拠となり、島多自転車店主・島多通雄は事情聴取を受け、そのまま逮捕されることとなった。
「40年以上も積み上げてきたものを自分で壊しちゃうなんて、勿体ないことをしましたよね。あの人」
『積み上げるという行為はとても大変なことなのに、それを壊すことはとても簡単だ。そして積み上げることも大変だが、それと同じくらい、積み上げたものを維持するのはとても難しいものなんだ。ひょっとしたら、それを維持し続けることができて初めて"プロ"ということができるのかもしれないな』
車の窓辺に頬杖をついて流れていく景色を眺めながらそう呟いた先輩は、両手を天井へと突き出し伸びをした。
「何はともあれ、これで一件落着っスね」
『そうね。あ~、なんか甘いもの食べたくなっちゃった。秋木くん、どこか寄りましょう。そうね~……、プリンアラモードが食べたい!コンビニでも可』
「どこに置いてるんスかそんなモン!!」
俺はプリンアラモードが置いてある店を探すべく、ハンドルをきった。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
後編が2度も消えるというアクシデントを乗り越えて(1回目は途中で誤って、
2回目は投稿直前に)、前後編両方ともようやく上げることができました……!!
無理矢理感がある気がしますが、僕の頭では所詮この程度が限界orz
目を瞑っていただけるとありがたいです。
このような駄文を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!
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