忍者ブログ

月灯りの下

闇の世界に差し込む光を追い求めて

[1]  [2]  [3]  [4

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

放課後の作業

夕日に染まる教室の中、

『お前、まだいたのか』

声のした方へ目を向けると、同じく夕日に染まった友人が立っていた。

『こんな時間まで何やってんだよ、拓人』
「そういう君こそ、今まで何処にいて何してたんだよ、騎暖」

どうやら彼女は帰るために荷物を取りに戻ってきたらしい彼女に問うた。

『いつもの場所で寝てた』
「いつもの場所って、屋上?寒くなかったの?」
『太陽の陽射しが暖かかったし、風も防ぐ場所あるし平気だ』

僕の席へ近付き、前の席の椅子に跨って座る彼女に溜息を吐く。

「地球温暖化の影響でいつもより温かいからってねー。風邪ひいたらどうするのさ。それに女の子がそんな座り方しちゃダメだろ」
『うるさい、そんなの俺の勝手だろ』

風邪はなったらなった時だ、と言いながら僕を睨んでくる。
何で僕は、午後の授業丸々無断欠席した人に怒られてるんだろう?

『で、何やってんだよ?』
「ほら、班で何か発表ってやつがあるでしょ?あれの準備だよ」
『……一人でか?』
「そ、一人でね」

僕たちの学校では総合の時間というものがあって、先生からお題が与えられ、それについて発表と言うか、ディベートをやることになっている。
班は最初に先生がくじかなんかで適当に決めたもの。
回ってくる順番も先生が決めている。
今度は僕の班にその順番が回ってきたのだ。

「みんなちゃんとやってくれないんだよ。そりゃめんどくさいけどさ、やらなきゃいけないんだし。それを何かに理由をつけてトンズラこいて!全部僕に任せていきやがったんだあいつ等は!!」
『……荒れてるな』
「そりゃ荒れたくもなるだろ?しかも今回の難しいんだよ」
『…………』

僕は溜息をつきながら机に突っ伏した。
頭がショートしかけた僕にとっては、机の冷たさが心地よかった。
騎暖は机と一体となった僕をじっと見ている。
……好きな子に見つめられると恥ずかしいわけで、

「あーあ、せめて騎暖と同じ班なら僕ももう少し楽しく出来ただろうな~」

照れ隠しに言ってみたものの、何か違っていた気がする。

『お前なぁ』

だって彼女の十中八九の呆れ声が帰ってきたんだから。
あ~、何か切ないな。
僕の気持ちっていつも一歩通行な気がしてならない。
僕は本気で真面目に言ってるんだけどな~。

『……しょうがないから俺も手伝ってやる』
「…………え?」
『だから、手伝ってやるって言ったんだよ』
「…………え?」
『バカにしてるのかお前は』
「いや、だって、騎暖もこういうのめんどくさがってやらなさそうだし、自分の班のも参加してないよね?」

別に彼女は勉強が嫌いとか、そういうわけではないらしい。
その代わり、人付き合いが嫌いと言うか、人そのものが嫌いな気がある。
そのせいなのかクラスの人たちとも絡まないもんだから、かなり浮いた存在だったりする。
このディベートだって、参加してるとは言えない状態だ。
その彼女が手伝ってくれるって?

『参加しねェよ。だって関わり合いたくねェもん』
「それはそれで問題だよ、騎暖」

とは言ったものの、嬉しかったりするわけで。
他の人たちとは関わりたくないけど、僕とは関わってくれている。
その事実だけで救われた気分になるから、僕は病気だなんて言われるんだ。
まぁ、気にしないけど。

『うるせー。いいからさっさとやって、適当に終わらせようぜ。帰りにアイス奢ってもらうんだからな』
「え!?ちょっと待った!!どっから出てきたの、そんな話!」
『手伝ってやるんだからいいだろ別に、そのぐらい』
「勝手に決めないでよ、もう」

じゃあ俺はこっちの資料まとめてやるよ。というか、まとめればいいんだろ?、と言って少し楽しそうな顔で勝手に作業を進めていく彼女を見てると、

「ま、いいか」

勝手に頬が緩んでしまう。
そんな自分に苦笑する。
今回はいつもより楽しく作業が出来そうだ。
PR

光の中へ

<今何処にいるの?>

そんなの、こっちが訊きたい。

『知らない。今適当に歩き回ってるから、いつかは着くだろ』
<いつかっていつだよ。今迎えに行くから、何か周りにある建物とか教えてよ>

嗚呼もう、イライラする。

『いらないよ、餓鬼じゃあるまいし。待てないなら帰っていいよ』
<そんなこと出来るわけないじゃないか!>
『ンなこと言われたって、」
「この餓鬼がーッ!!」

俺の言葉を途中で遮った、背後からした声に振り向くと、俺の目の前は真っ暗になった。


*          *          *


『――――――ったく弱い奴が突っ掛かって来るなよな』

俺が腰を下ろすと、俗に言う"蛙を押しつぶしたような声"がしたが、気にしない。
どちらかと言うと、地面に直接腰を下ろす方を気にする。
俺はポケットから懐中時計を引っ張り出す。

『もうこんな時間か……今日はもう会えない、かな』

それもこれも、こいつらのせいだ。
俺は俺なりに、頑張って待ち合わせ場所を目指していたのに。
こういうやつらは強い奴には頭を垂れ、弱い奴らには容赦ない。
それは賢い生き方なのかもしれないけど、俺には虫唾が走るような生き方だ。
だからこそ、こんなにも不器用な生き方しか出来ない。
本当に、俺はまた、こんなところでなにをやっているんだか。

俺は薄っすら赤みを帯びている空を見上げてため息を付いた。

「あ、こんなところにいた!」

顔を戻すと、そこには待ち合わせしていた相手。
何で、こんなところに……?

『……お前、こんなところでなにやってるんだよ』
「あのね!それはこっちの台詞!それに君は一体何に座ってるの!?」
『何って……人』

俺は自分の座っているものを確認してから言った。
俺が喧嘩を売ったのか、それとも俺が喧嘩を買ったのか。
そこら辺はよく分からないが、その内の2人の男を積んで椅子代わりにしている。

待ち合わせ人は地面で寝てい男を跨いで俺に近付いてきた。

「そんなことは見ればわかるよ……ほら、早くここを出よう」

自分が訊いてきたくせに、勝手なことを言うもんだ。
俺の手を引っ張って立ち上がらせると、そのまま来た道を戻っていく。
もちろん、男たちを跨いで。

「……ッ、ンの餓鬼がァッ!!」

跨いだ内の一人が気が付いたらしい。
俺の背後から拳を振るう。
右手を掴まれたままの俺は右足を軸に左足で空を切った。

「ブ……ッ」

俺の足は男の顔半分に直撃した。

『「…………」』

だが、男の顔の残りの半分には拳がめり込んでいる。
男がぶっ倒れる中、俺と俺の手を掴んだままの男は、無言で見つめ合った。

「……行こうか」

そして何事も無かったように俺の手を引いて歩き出す。
そんな背中に、俺は思ったことを訊いてみた。

『珍しいな、お前が手を出すなんて。俺、久しぶりに見た』
「……そりゃね、君に手を上げようとするからさ、ついね」

正当防衛だよ、正当防衛、とぶつぶつ呪文のように呟きがらも歩き続ける。

『……別に、俺は平気だけど』

現に俺の蹴りは当たってたんだ。
この男の助けがなくても怪我することもなかっただろう。
第一、負かして時間がさほど経っていない奴に負ける気はしない。

「そうかもしれないけど、君だって女の子なんだし。それに―――――僕が嫌だったから」

――――――嗚呼、本当にこいつは。
何気なく、本当に、何気なく。
俺を光ある方へと連れて行ってくれるんだな。

嗚呼、そうか。
                           こいつ
俺は思い通りに行かなくてイライラしていたんじゃなくて、光のところへ行けずにイライラしていたのかもしれない。

俺たちは薄暗い路地裏から人通りがある道へと出た。


*          *          *


「……あ!お姉ちゃんッ!!」

明るい所へ行き成り出たことで目を細めていた俺のところに少年が一人走り寄ってきた。

『お前、まだいたのか?』
「だって……ッ」

言い淀みながら涙を溜めた少年の頭を俺の隣にいた男が撫でた。

「もう泣かなくても大丈夫だよ。何ともなかったから、ね?」
「うん……」

そんな男の姿を見て、俺はふとあることに気付いた。
そう言えば、

『お前、何でこんなところにいたんだ?よく俺の居場所が分かったな』
「うん、電話越しに男の人の怒るような声が聞こえた後、機械が何かにぶつかる音がして電話切れたからさ、気が付いたら走り出してた。適当に走り回ってたらその子が泣きながらオロオロしてたんだよ。どうしたのか聞いたら、お姉さんが自分のせいで男の人と行っちゃったっていうから、君だと思って行ってみたら、ビンゴだったってこと」

僕の勘も捨てたもんじゃないね、と笑う男。
そんな男を少し呆れた目で見ていると、少年がおずおずと何かを差し出してくる。

「あの、これ、お姉ちゃんの携帯。ごめんね、僕のせいで傷ついちゃってて……」
『別に構わないよ、壊れたわけじゃないし。それにそれはお前のせいじゃないだろ』

そう、俺が電話で話しをしていた時、俺が伸した連中がこの少年に喧嘩を売っていた。
どうやら少年と連中はぶつかってしまったらしい。
少年は謝ったものの、連中の怒りは治まらなかったようだ。
自分たちも前を見ていなかったことを棚に上げ、少年を力任せに投げ飛ばした。
その先に偶然俺がいて、俺はその少年を受け止めた。
そして、その時に携帯が落ちて切れてしまったようだ。
と同時に、俺の中の何かも一緒に切れたわけだが。

だから泣くな、と隣にいる男のマネをして頭を撫でてやると「ありがとう」と言って笑った。
その笑顔は、眩しかった。


*          *          *


少年と別れて、俺たちは何処へ向かうわけでもなく歩き出した。

「嬉しそうだったね、あの子」
『何が?』
「君に頭を撫でられた時だよ」
『あー……』

俺はあの少年の笑顔をもう一度思い返してみる。
……何となく、自分で肯定するのは気が引けた。

『――――――そうか?』
「うん、そうだよ」

にこにこしながら言うこいつは、さっきからこの調子だ。
何か気持ち悪い。

『さっきから何笑ってんだ、気持ち悪い』
「その言い方は酷いなー。たださ、優しいなと思って。君が」
『は?俺はただ、お前の真似しただけだけど』
「違うよ、そっちもだけどそっちじゃなくて」

何が言いたいんだ、こいつは。

「だってあの子のためにわざわざ場所移したんでしょ?優しいなって」

そう言ってこっちを見ながら笑いかけてくるこいつの笑顔に心臓が跳ねる。

『……別に、俺はただ、人通りがあるから暴れにくいと思っただけだッ!』

それにお前にその言葉を言われたくない、と毒づく俺の顔はきっと真っ赤だっただろう。
夕日に紛れていてくれればいいと願ったが、

「はいはい、そういうことにしといてあげるよ」

こいつにはあまり意味のない願いだったらしい。
おかしそうに笑ってるこいつに腹が立ってくる。

『ッもういい!お前なんて知るか!!』

俺は少し早く歩いて隣に並んでいた男を抜かした。

「あ、ちょっと!」

俺に合わせて足を速めるのを見て、俺は走り出した。

「ちょっと待ってよ!走ることないだろ!僕今日は結構走ったんだからね!」

そんなことを俺の背中に投げかけてくるのが嬉しくて、面白くて。
俺はあいつがついて来れる速さで、しばらくそのまま走り続けた。

――――――こいつがいれば、俺は光の中でも笑っていられる。
そんな気がして。

僕たちの世界

僕は屋上へと通じる扉を開ける。
そしてあの日、彼女に見惚れた場所であり、始まりの場所―――給水タンクのおかげで出来た陰へと迷いなく歩みを進める。
近づくにつれて足から徐々に見え始める。
僕は彼女の隣まで来て声を掛ける。

「お邪魔するよ。……寝てる?」

僕はいつも同じように声を掛ける。
ここが屋上で学校の所有物であったとしても、彼女にとってはここは大事な居場所だ。
一緒にいるようになってわかったのは、彼女は"ひとり"が好きな分、自分の居場所を大事にするということ。
だからそこに入れてもらうようになってから、僕はいつも最初にこの言葉を言うことにしている。

『……やっぱりな』
「起きてたんだ。っていうか、何が?」
『いや、こっちの話だ』
「?」

彼女が言った『やっぱり』という意味が分からなかったが、気にしないことにした。

「授業、もうすぐで始まるよ。今から戻れば間に合うから戻ろう」
『……今日はいいや』
「そう言うと思ったよ」

僕は寝転んでいる彼女の隣に腰を下ろす。

『お前は戻らないのか?』
「うん、ちゃんと先生への言い訳は適当に見繕っとくように伝えておいたから」
『そうじゃなくて、人に戻れと言っておきながら自分は戻らないのかってこと』
「それはそうだけど……今日は君と少しでも長く一緒にいたいから」
『……また、わけの分からないことを』

照れてるような、嫌がっているような、入り混じった声で言う彼女が僕には可愛いとしか見えなくて、本当に僕は病気だなと思う。

僕たちの間を気持ちのいい風が通り過ぎる。

「そういえば、さっき授業中寝ちゃってさ」
『知ってる。見えてた』
「え、なら起こしてよ!」
『何で俺がそんな事しなきゃいけないんだよ』
「ケチだな~」
『うるさい。で、話の続き』

彼女に文句を言っても仕方がない。寝てしまったのは僕の責任だ。
彼女に促され続きを話す。

「でね、昔の夢を見た。君とここで初めて会った時の夢」

懐かしいでしょ?、という僕の顔を寝転んだまま驚いた顔で見つめてくる彼女に気付き、如何したのか訊いてみる。

『……俺も見た。ついさっき』
「え、嘘、本当!?うっわー、すごいね!!偶然って言うか」
『気持ち悪い』
「えぇッ!!」

「偶然って言うか、運命かな」なんて、自分でもちょっとクサイかなと思いつつ、言おうと思った言葉は彼女のその一言で見事に砕かれた。

「ちょっと、何でそんなこと言うの!?」
『だって、気持ち悪いじゃないか。ほぼ同じ時間に同じ夢を他人が見ているなんて。偶然にしては出来すぎてるだろ』
「そうだけどさ~」

そこまで言われるとさすがの僕も傷つくというものだ。

『……でも、まぁ、嫌な夢じゃないからいいか』

・・・・・・・・・。
あぁ、やっぱり僕は病気だな。
その言葉だけで彼女の言葉に沈まされたにも拘らず、彼女の言葉によっていっきに浮上させられた。
僕に出会った時の記憶は、彼女の中で"嫌なもの"に部類されていない、それだけで嬉しいと思ってしまうなんて、本当にどうかしている。

『……あれから、結構経つのか』
「うん、そうだね」
『お前がここに現れるまで、ここは俺だけの世界で、俺"ひとり"の世界だった』
「うん」

そんな事知っている。知っていて僕は、敢えてそこに踏み込んだ。
彼女の事が知りたい、その一心で。
彼女に嫌われるかもしれないと思ったこともあるけど、『俺の邪魔じゃなければ構わない』とあの時彼女は言った。
彼女ならきっと、邪魔なら邪魔だと教えてくれるだろうから、今のところは邪魔になってはいないのだろうと勝手に結論付けて、僕は彼女の世界に踏み込み続けて今日に至る。
今だって本当は不安だったりするわけで……

『けど、お前が現れてから、お前と関わるようになってから、ここは俺だけの世界じゃなくなった。そんな気がする』
「え」

意外だ、彼女からこんな言葉が出てくるなんて。
僕は驚いて彼女を見た。
だって彼女は素直じゃないから。

「どうしたの、君がそんなこと言うなんて」
『……お前と同じ夢見たせいでおかしくなっちまったんだ、きっと』

彼女はごろりと寝返りを打って僕に背中を向けながら、まだ同じ夢を見たことを引きずっている。

「まだ引っ張ってたの、それ」
『その世界を、悪くないと思ってる俺も、いる。お前のいる世界も、落ち着く』
「……え」

風に乗って届いた彼女の囁くような小さな声に、僕は耳を疑った。

『あ~、昔の夢と一緒にいろんなこと思い出したから頭がおかしくなったんだ!忘れろ!!』

やけくそに叫びながら背中を丸める彼女が可愛くて可愛くて仕方がない僕は笑ってしまった。

『笑うな、バカ!!伸されたいのか!?』
「はいはい、そういう物騒なことは言わないの。僕も、君の世界に、君の隣にいるとすごく落ち着くよ」
『~ッ!!もうお前しゃべるな!!』

彼女は一層身体を丸め、照れてるのを隠そうと頑張っている。
けど、残念ながら耳まで真っ赤だ。
でもあんまりいじめると後々大変なのでここで止めておく。

それっきり黙ってしまった僕と彼女を包む沈黙。
でも嫌な沈黙じゃない、心地いい沈黙。
こんなゆったりした時間がいつまでも続けばいいのに。

「たまには君と一緒に授業サボるのも悪くないな」
『珍しいこと言うな、真面目なお前が。お前まで頭がおかしくなったか?』
「うん、そうかも。でもそれは夢じゃなくて君のせいだけどね」
『人のせいにするな』
「イテ」

彼女は背中越しに小さな石を投げてきた。
その石はきれいに僕の頭にコツリ。
この大きさなら痛くないけど、反射で言ってしまった。
でも、彼女は背中に目でも付いているのだろうか?

『……だったら、ずっと傍にいればいいだろ』
「ん?――――――あぁ、うん。そうだね、そうさせてもらおうよ」

行き成り言われた言葉が分からなかったけど、どうやら話を戻したらしい。

言われなくても、彼女に『邪魔だ』と言われない限りそうするだろう。
だって僕は"独り"が嫌いで、君が好きなんだから。


僕たちは透き通るように青い空と、心地いい風に包まれながら"2人の世界"を感じていた。

俺たちの出会い

あの時の俺は、"ひとり"だった。


あの日も、俺はそこを目指していた。

俺の世界への扉を開くと誰かの話し声。
近づいていも誰も俺には気付かない。
どうやらこれからの予定について話しているらしい、何か奢れだの、ゲーセン行こうだのと話している。
そんなどうでもいい会話なら他所でやって欲しい。
―――――――ここは俺の居場所なんだから。

『おい』

俺が声を掛けると、中心に居た男が振り返る。

「何だテメェ」
『そこをどけ、邪魔だ』

そう言いながらその男に近づくと、ふと目の端に何か映った。
何かを確認しようと目をやると、それと目があった。
それは間違いなく人だった。
こいつ、どこかで……あぁ、確か同じクラスにいた気がする。
さっきここに入った時、倒れてる連中が居たが、どうやら寝ているわけではなかったらしい。
っていうか、こいつ相手にこんなに人数を用意したのか。

『たったひとりをこんなに大勢でやってるのか、情けないな』
「あぁッ!!?」
「行き成り来てなんだなんだテメェ!」

中心に居た男が近づいてくる。

「テメェ、一応女だろ!?だったら大人しくしとけや!!」
『五月蝿い、こんな近くで騒ぐな。それに、「一応」って何だ「一応」って。制服見て分かるだろうが。それともお前の目は腐っているのか?』
「ッ!!女だからっていい気になってんじゃねェぞ!!」

男は俺の胸倉を掴んできた。
あ~、面倒くさい。が、これも俺のためだ。
俺は男の右手首を掴むと一気に捻る。

「グハァッ!!?」

男は地面に転がっり奇声を上げる。
受身も取れないのか、こいつ。

『女とわかってて手を上げるか。多人数で袋叩きといい、ホント、男としても人間としても腐ってるな、根性が』

吐き捨ててやった後、沈黙が少し続いたが奴の仲間ががなりだす。

「テ、テメェ!!何しやがった、この女!!」
『何だ、見えなかったか?投げたんだよ。そんなことより、お前らこいつとそこら辺で寝てる奴らを連れてさっさとどけ。ここは俺の場所だ』

先程投げた男の肩を軽く蹴って、さっさと連れて行けと示す。
が、相手はそうは取らなかったらしい。

「行き成り現れた女が何言ってやがるんだ!!」
「ふっざけんじゃねェ!!」
「いつからお前の場所になったんだ!」

そう言って俺に向かってきた男たちを、結局俺は全員伸す羽目になった。

『まったく、さっさとどけばいいものを』

なんだだかんだ言ってあっけなく伸された奴らの隙間を通り、さっきから俺を見ているクラスメイトに近づく。

『おい』

そう声を掛けても何の反応もせず、俺を見続けてくるそいつ。

『動けるのか?動けるのなら少しずれるかどいてくれ』
「あ、えっと……」

答えに言い淀んだそいつを改めてみると見ると、かなり派手にやられていることに。気付く
これならすぐには動けない、か。

『なんだ、まだ動けないのか。……しょうがないな』

俺はそいつの肩を掴んでずるずると引き摺る。
やっぱ同年代の男子は重いな。

「あ、あの~?」

声が掛けられたが無視し、少し移動したところで俺は手を離し、さっきこいつが倒れていた場所まで戻り寝転がる。
俺とそいつは、少し離れて並ぶように寝ている形となった。
俺は流れる雲を何となしに見上げる。
視線を感じるが気にしない、というか慣れた。
周りからすると、ひとりでいたがる俺は珍しいらしい。
ま、あんなところ見たから余計か。

「あ、あの!」
『ん~?』

声が掛けられ適当に返す。

「助けてくれて、ありがとう!」
『いや、別に。助けたわけじゃない』

これは事実。
俺は自分の居場所を確保したかっただけなんだから。

「……そ、そういえば、僕たちって同じクラスだよね?」

そっからこいつのつまらない質問が口から放たれるが俺は適当に答えた。
適当にあしらっとけば勝手に戻るだろうと、その時は思っていた。

「さっきすごかったね。強いんだね、君」
『お前だって、俺が来るまでにあの人数伸したんだろ。なら十分お前もその部類だろ』
「そ、そうかな。でも僕は、君みたいに綺麗には戦えなかったな~。ま、戦ってる時だけが綺麗だったわけじゃないけど」
『……は?』

こいつは今、何て言った?聞き間違い、いや幻聴か?いや、そんなことはどうでもいい。
俺は上体を起こしそいつを見る。

「あ、やっと見てくれた」
『……お前、今何て言った?』
「綺麗だって言った。最初に聞いた声も、歩く動作も、流れるような動きも、空を見上げてる横顔も、全部」
『……お前の目も腐ってるようだな』
「酷いな~」

苦笑するそいつを無視して空に視線を戻す。
何なんだ、こいつは。意味が分からない。

「……ねぇ、さっき『ここは俺の場所だ』って言ってたけど」
『あぁ、ここは俺のお気に入りの場所であり、俺の居場所』
「居場所?」
『ここしか、俺の居場所はないから』

俺はひとりでいることで、自分のいるべき場所である居場所を失くしていた。

けど、ようやく見つけたんだ。
そこは滅多に人は入ってこない、世界の音が遠くに聞こえて自分だけの世界にいると思える場所。
ここが自分の居場所だと、思える場所。

「じゃあここにはよく来るの?」
『あぁ、だから"いない"だろ』

教室という空間は好きじゃない。
あんな人をまとめた場所に押し込まれていると思っただけで息苦しい。
だから俺はよく教室を抜け出した。
それを気にする者も咎める者は誰も居なかった……先生を除いては。
職業柄、放っておきたくても放っておくことが出来ないんだろう。
気の毒な職業だ。

「じゃあここに来てたんだ」
『友達がいるわけじゃないし、空が好きだし、ひとりが好きだから』

俺はひとりが好きだった。
というより、ひとりでいるのが当たり前だった。

友達が出来ても、そこには壁を感じていた。
何処か違う。俺と、この人たちと。
別に自分を特別視したいわけじゃない。
けど、そんな気がして仕方がなかった。

"相容れない、手の届かないような遠い存在"
そんな風に、眩しいものに見えていた。

それは友達に限って言えたことじゃない。家族にもそうだ。
幼い頃からひとりでいるのが当たり前だった。
当たり前だと思っているから、ひとりでいても何の疑問も持たなかった。
でも、兄弟がひとりにされていないのを見て、自分が"ひとり"であることを認識した。
そんな兄弟を羨ましいと思い、憎いとも思ったけど、自分には複数は合わない、"ひとり"が一番いいのだ、それもまた真実であり、おれはそれを理解した。

"空が好き"と言ったが半分嘘、嫌いでもある。
どれだけ頑張って手を伸ばしても、決して手の届かない存在。
だから余計な夢を見る必要がないと教えてくれる存在。
それが"空"。

「……ねぇ、僕もこれからここに来てもいいかな?」
『何だ、行き成り』
「ダメ、かな?僕は君の事、もっと知りたいんだ」

"知りたい"?俺を?何のために?

『……俺の事なんか知ってどうするんだよ』
「どうするって言われても困るけど、気になっちゃったから。惹かれたんだ、君に。だから、知りたい」

……そんなこと、初めて言われた。
こういう時は何て返せばいい?
分からない、言っている意味も、返事の仕方も。
――――――――――でも、嫌じゃないと思った。

『……そういうの、何て答えればいいんだ?』
「ん~、僕に訊かれてもなぁ。取り敢えず、ダメかな?」
『別に、俺の邪魔じゃなければ構わない』
「ありがとう!」
『………』

そうだ、俺の邪魔にならなければいい。
俺の世界が守られればいいんだから。
そう思って言った言葉だったのに、そいつの笑顔に毒気を抜かれた。

本当に、意味がワカラナイ………


それからそいつはここへ来るようになった。

僕たちの出会い

あの時の僕は、"独り"だった。


「ちょっと強いからっていい気になんじゃねェッ!!」

男の拳が僕の頬をとらえる。羽交い絞めにされているせいで、僕はそれをもろに受けた。
口に鉄の味が広がる。
痛いなぁ、と思いつつ、口に溜まった血を吐き出しす。

「なってないよ。そっちこそ、人数集めてきたからっていい気になってるんじゃない?大勢でなきゃ僕に勝てないって、自分が弱いってわかってるんだろ?そこは賢いと思うよ」
「テメ……ッ!!」

僕の言葉に怒ったのか、僕の笑顔に怒ったのか、まぁどっちもかな。
思いっきり腹を蹴ってきた。

「痛ッ!!」

羽交い絞めにしていた奴もその衝撃を食らってか、僕の押さえる力が緩み僕は地面へと投げ出された。
咽返っている僕の視界には、僕が伸した連中が映る。

(あぁ、心臓が、五月蝿い)

喧嘩を売られることは今に始まったことじゃない。
最初の原因はなんだったかな、もう覚えてない。

それとも、原因なんて始めから何もなかったのかもしれない。

いつもは1対2~5ってところだったけど、今日は結構な人数がいた。
別に自分の強さを過信して挑んだわけじゃない。

―――――――――ただ僕は、"独り"だったから。

助けを求められるような友人はいない。
ま、いたとしてもこんな人数に囲まれたんじゃ助けを呼ぶことも、ましてや逃げることもできやしない。
結局僕には「挑む」という選択肢しか残されていなかったわけだ。

「ハッ、生意気なのは口だけだなァ?オイ」

未だ地面に伏している僕を見下ろしいやらしい笑みを浮かべる男。
「そっちこそ、これだけやってようやく生意気な口が利ける余裕が出てきたんだね」
って本当は言ってやりたかったけど、まだ声が出ない。
そこが悔しいなぁ。

「こいつ、もうしゃべる力も残ってないぜ?さっさと終わらせて帰ろうぜ」
「それもそうだな」

そっからは帰ったらどうするだの、何か奢れだの、ゲーセン行こうだの、どうでもいい会話で盛り上がっている。
やっと落ち着き始めた心臓の音を聞きながら、四肢を張って起き上がる。

起き上がろうとした。

「じゃ、俺たち忙しいから」

そう言って、男は僕の背中目掛けて足を徐に上げ、降ろした。
それに抗うこともせず、抗う力もなく、僕はその衝撃を待った。

『おい』

その時聞こえた声は、今でも忘れない。
透き通るように僕の耳を撫で、馴染むように僕の頭に響いた。

男の足はその声で止められた。

「何だテメェ」
『そこをどけ、邪魔だ』

そう言って黒い髪を風になびかせながら、僕とその男に近づいてくる。
その歩き方は、さも当たり前だといわんばかりに自然なものだった。
そして、ふと、僕はここへ何の前触れもなしにやって来た客人と目が合った。
僕はこの客人を知っている。
目があったのは本当に一瞬だった。
そして何も見なかったかのように、僕の上の男に視線を滑らせる。

『たったひとりをこんなに大勢でやってるのか、情けないな』
「あぁッ!!?」
「行き成り来てなんだなんだテメェ!」

僕の上にいた男は、客人の方に近づいていく。
僕は止めようと男のズボン裾に手を伸ばしたが、空を切ってしまった。

「テメェ、一応女だろ!?だったら大人しくしとけや!!」
『五月蝿い、こんな近くで騒ぐな。それに、「一応」って何だ「一応」って。制服見て分かるだろうが。それともお前の目は腐っているのか?』
「ッ!!女だからっていい気になってんじゃねェぞ!!」

男は客人の胸倉を掴む。
が、

「グハァッ!!?」

男は地面に転がった。
男の連れも何が起こったのわからず呆然と立ち尽くしている。

『女とわかってて手を上げるか。多人数で袋叩きといい、ホント、男としても人間としても腐ってるな、根性が』

そんな言葉にこの場にいた全員が、男にいっていた視線を客人に向ける。
そこには、涼しい顔で襟元をただす客人がいた。
それを見た男の連中は焦りだす。

「テ、テメェ!!何しやがった、この女!!」
『何だ、見えなかったか?投げたんだよ。そんなことより、お前らこいつとそこら辺で寝てる奴らを連れてさっさとどけ。ここは俺の場所だ』

自分が投げたという男の肩を蹴って言った言葉に、仲間は切れた。

「行き成り現れた女が何言ってやがるんだ!!」
「ふっざけんじゃねェ!!」
「いつからお前の場所になったんだ!」

そう言って客人向かっていった男の仲間たちは、全員伸されることになる。


『まったく、さっさとどけばいいものを』

そういって彼女は、転がっている男たちを避けながら僕の方に歩いてきた。
僕はというと、彼女の動きに見惚れてしまって動けずにいた。
でもあの身のこなしは僕じゃなくても見惚れたに違いないと断言できる。

『おい』

そう言って僕を見下ろす彼女の瞳には、特段何の感情も表れていない。
その吸い込まれそうな黒い瞳にも、僕は見惚れてしまったらしい。
いや、きっと彼女自身に、僕は――――――

『動けるのか?動けるのなら少しずれるかどいてくれ』
「あ、えっと……」

頭がすぐに働かない。
こういう状況では『大丈夫?』とかそういう言葉が出てくるもんだと思っていた。
そのせいで、その答えにすぐに答えられなかった。

『なんだ、まだ動けないのか。……しょうがないな』

そういうと彼女は僕の肩の服を掴んでズルズルと引き摺った。

「あ、あの~?」

少し移動したところで彼女は僕から手を離し、僕がさっきまでいたあたりに戻り寝転んだ。
僕と彼女は、少し離れて並ぶように寝ている形となった。
僕は彼女の顔をちらりと見る。
彼女はそのまま空を見上げている。
その顔に、表情は見えない。
何だろう、彼女は僕よりも強いのに、今にも壊れてしまいそうな気がした。

「あ、あの!」

僕が思い切って声を掛けると

『ん~?』

とだけ声を発した。
彼女はこちらを見なかった。

「助けてくれて、ありがとう!」
『いや、別に。助けたわけじゃない』
「……そ、そういえば、僕たちって同じクラスだよね?」
『あぁ』
「………あ、あの!」

それから僕は素っ気無い彼女に話しかけ続けた。
が、彼女は空を見たままだった。

「さっきすごかったね。強いんだね、君」
『お前だって、俺が来るまでにあの人数伸したんだろ。なら十分お前もその部類だろ』
「そ、そうかな。でも僕は、君みたいに綺麗には戦えなかったな~。ま、戦ってる時だけが綺麗だったわけじゃないけど」
『……は?』

彼女は上半身を起こし、ありえないものを見るような目でやっと僕を見てくれた。

「あ、やっと見てくれた」
『……お前、今何て言った?』
「綺麗だって言った。最初に聞いた声も、歩く動作も、流れるような動きも、空を見上げてる横顔も、全部」
『……お前の目も腐ってるようだな』
「酷いな~」

苦笑する僕を無視し、彼女は身体を戻し空をまた見上げている。

「……ねぇ、さっき『ここは俺の場所だ』って言ってたけど」
『あぁ、ここは俺のお気に入りの場所であり、俺の居場所』
「居場所?」
『ここしか、俺の居場所はないから』

彼女の顔はさっきと変わらないのに、声はすごく弱弱しかった。
いや、違う。
目がすごく、寂しそうだ。

「じゃあここにはよく来るの?」
『あぁ、だから"いない"だろ』

確かに、彼女は時々教室から消える。
けど、そんな彼女を気にする者はいなかった……先生を除いては。

「じゃあここに来てたんだ」
『友達がいるわけじゃないし、空が好きだし、独りが好きだから』

"独り"が好き。
そんな風に言えるなんて。
僕なんて"独り"が嫌なのに。
"独り"という事実が、怖くて怖くて仕方がないのに。

「……ねぇ、僕もこれからここに来てもいいかな?」
『何だ、行き成り』
「ダメ、かな?僕は君の事、もっと知りたいんだ」

純粋に惹かれた。
そして気になった。
"独り"が好きな彼女に。
強いのに壊れそうな危うさを持った彼女に。

『……俺の事なんか知ってどうするんだよ』
「どうするって言われても困るけど、気になっちゃったから。惹かれたんだ、君に。だから、知りたい」
『……そういうの、何て答えればいいんだ?』
「ん~、僕に訊かれてもなぁ。取り敢えず、ダメかな?」
『別に、俺の邪魔じゃなければ構わない』
「ありがとう!」
『………』

彼女はそのままそっぽを向いたっきり、僕の方を見てくれなかった。

それから僕は、屋上に足を向けるようになり、彼女とも前より話すようになっていった。

前のページ HOME 次のページ


忍者ブログ [PR]
template by repe