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月灯りの下

闇の世界に差し込む光を追い求めて

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永遠の縁

「はぁ……、も、やだ……」


――この時、オレは知らなかった。


「~♪」

溜息を盛大についた浮かない顔の少年の前から、鼻歌を歌いながら歩いてくる人物がいる。


――オレの身に起きている原因も、


その人物は白いロングコートを身に纏っている。


――彼女との出会いも、


少年もその人物もお互いに意識せずに歩を進める。
そして、


――そして、


少年とその人物はすれ違った。


――オレが見ているこの世界は


「~♪…………ん?」

鼻歌と共にその人物は歩みを止め、振り返る。


――ほんの一部でしかなかったということに……。


少年は歩き続ける。
今し方すれ違った人物が、自分のことを見つめているとも気づかぬまま。



                  長編小説
『永遠の縁』



私はずっとそこいにいた。
何をすればいいのか、何をしたらいいのかわからずに。

――誰にも気付いてもらえずに……。

ぼうっとしていると、緩やかとは言い難い坂道から男の子が上ってくる。
初めて見た子……、年は同じぐらいだろうか?

そして、私たちは目が合った。

彼は私に会釈をして、そのまま坂を上っていってしまった。
そんなことが、私にはただただ嬉しかった。


もうすぐ空が闇を迎えようとしている時刻、私は彼と出逢った。


*          *          *


「はぁ……、も、やだ……」

オレは今日何度目になるかわからない盛大な溜息吐いた。

聞いてほしいんだが、実はここ最近、何かとよくない事が続いている。
1週間ほど前ぐらいから、だったと思う。……というのも、最初は全く気にならない程度だった。
自転車に空気を入れた直後にパンクした、とか、そんな程度。でも徐々に酷くなっていった。
今朝も登校途中に坂を下ってきた自転車のブレーキが行き成り利かなくなったとかで、自転車がオレの方に突っ込んできた。

"ねぇ、気付いて"

もう本当に、そろそろ死ぬんじゃないかな、オレ……

"私、ここにいるの"

そんなことを考えていたせいか、

"お願い……ッ!"
「オーイッ!!兄ちゃん、危ねェッ!!上!!」
「……ん?」

声に反応して上を見たら、そこにはスパナ。
こんなん当たったら間違いなく……

「……ッ!!」

オレはそこから動けず目を瞑った。
その瞬間、

「はーい、ストップー」
"!!"

気の抜けた声と同時に、軽く背中を押され一歩たたらを踏んだ。
振り返って見た光景、それは――

白いコートを纏った銀色のような灰色のような髪の人の背中と、その人が空に向けて手を突き出している光景。
でも、驚いたのはそっちじゃなくて、その人の手の直前で落ちてきていたスパナが止まっているということ。

この人は、一体……

「すみません、大丈夫でしたかッ!?」

電信柱に登っていたおじさんが降りてきた。
どうやらこのスパナの持ち主らしい。
助けてくれた人は空中に止まったままだったスパナを既に手にしていた。

「すみません!!怪我は?」
「あぁ、大丈夫、何ともないよ。ね、少年?」

オレを助けてくれた人がこちらを振り返って問うてきた。
綺麗な紅い瞳の女の人――――

「あ、はい、この人のおかげで……」
「本当にすみませんでした!鞄の中にちゃんと止めてあった筈なんですが……」
「いえいえ、怪我もなかったんですし、お気になさらず。……それに、これはあなたのせいじゃありませんから」
「え」
「はい?」
"………"
「それじゃ、私はこれで」

そう言って女の人は行ってしまった。

「ちょッ!!」

おじさんが声をかけようとしたが女の人はそのまま言ってしまう。
オレは御礼を言っていないことに気付き追い駆けた。
それと、さっきの言葉が気になったから。

『これはあなたのせいじゃありませんから』

それって一体どういう……?

女の人は角を曲がって行ってしまう。
オレはその後を追った。

「あのッ!……あ」

角を曲がったら、女の人は立ち止まっていた。

「よしよし、やっぱ付いてきたね。いい子だ」

髪を揺らしながらこちらへ振り返る。
また、よくわからないことを口にする。

「?あ、あの、さっきは助けてくれてありがとうございました」
「ん?ああ、いいっていいって。それより少年、最近いいことないでしょ」
「!」

何でこの人、そんなこと知ってるんだ。

「何で……」

それだけ訊くと、女の人はオレの上へと少し視線をずらした。そして、

"!!"
「ダメでしょ、自分のことちゃんと制御しなきゃ。君とこの子じゃ生きてる次元が違うっていうことは、わかってるでしょ?」
"………"
「は?」
「見たところ、あなたはこの少年と話したいだけで傷付ける意志はない。この少年が傷ついたら、あなたが悲しい気持ちになるんじゃないの?」
"あなた、私のこと……"
「ッちょっと!!」
"ッ!!"
「ん?」

紅い瞳にオレが映される。

「さっきから一人で何しゃべってんだよ!!それに、何であんたがオレのこと知ってるんだ!!」
「ん~、話せば長いことながら、話さなければわからないし、話してもわからないかもしれない」
「は?」
「私は少し前、君を見かけた。というか、すれ違った。その時に視たんだよ」
「視たって、何を」
「単刀直入に言うと、君は憑かれているんだよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「いや、"疲れている"って、行き成り言われても……」
「いやいや、"疲れる"じゃなくて"憑かれる"ね、"憑かれる"。要するに、取り憑かれているんだよ、霊に」
「いやいやいや、霊ってそんな……」
"………"
「まあ、信じられないって言うのもわかるよ。科学的じゃないし。でもね、見える世界だけが君の生きている世界だとは限らないんだよ、少年」
「……」

何だろう、この人。
会ったばっかだっていうのに、何故か言っていることがすとんと落ちてくる、そんな気がする。

「さて、君、名前は?」
「あ、」
「いや、少年じゃなくって憑いてる子の方」
「あ、そっちの」

なんか、恥ずかしい。
それならそうとはっきり言ってくれればいいのに。

 さゆり
"小百合、です"
「少年、小百合という少女に心当たりは?」
「へ、いや、聞いたことない、はずですけど」

小学生時代にも、中学生時代にも、そんな名前の子は、少なくとも知り合いにはいなかったはずだ。
高校でも、いない。

「そうか。……君と少年はどこで知り合ったの?」
"……夕暮れの坂道。もうすぐ空が闇を迎えようとしている時刻に、私は彼と出逢ったの"
「夕暮れの坂、ね」
「?」

どうやら話は進んでいるらしい。
……はたから見たらかなり怪しい。

「今からそこに案内してくれるかな?」
"はい……"
「ってことで少年、悪いけど今からちょっと付き合ってもらうよ」
「ってちょっと!勝手に話が進みすぎだろ!!」
「これは彼女のためでもあるし、君のためでもあることなんだよ。それに――――――」

彼女はコートを翻して、オレの隣を通り過ぎて行った。
オレは慌てて振り返る。

「それに、なんなんだよ」
「知りたいだろ?自分の身に起こっている事の原因、そして、君の知らない世界を」
「………」
「ほら、置いてくよ。少年」
「あ、ちょっと……!」

結局、オレは彼女に刺激された自分の好奇心に勝てなかった。


*          *          *


あれからは特に会話もなく、ただオレは女の人の後ろをついていった。
しかし、その道は全く知らない道ではなく、見覚えのある道。緩やかとは言い難い坂道を上る。
これは――――――

「オレが使ってる帰り道……?」
「ほお、少年の帰りの通学路なのか」
「いや、通学路ってほど使ってないですけど。オレ、気分転換にたまに道変えて帰るんですけど、前にここの道を使いました」
「そう」
"ここです"
「ん、少年、」

女性は坂を上りきる直前で立ち止まった。

「ここが、小百合少女が言う、君と出逢った場所らしい」

彼女が少し立ち位置をずらしながら、オレのほうに振り向いた。
そこにあるのは街路樹と、その根元に置いてある、すっかり枯れてしまっている百合の花束。

「これ……」
"………"
「小百合少女はここで亡くなった。原因は事故。どうやら運転手が飲酒運転をしていたようでね、歩道を歩いていた小百合少女に突っ込んだそうだ」
「それ、どうして、知って――――――」
「ここへ来る道すがら、聞いたんだよ」

それから女性はオレから目線をずらし、空を視る。

「君のこと、少年に話してもいいかな」
"……はい"
「ありがとう」
"いえ、こちらこそ、お世話かけます"

そして、女性の目線はオレへと戻ってくる。

「彼女が亡くなったのは8ヶ月前、高校2年生に上がろうとしていた春休み。学校の図書館へ本を返しに行った帰りに事故に遭った」

オレより一つ年下。

「別に、特に未練があるわけでもない。だが、ただ逝くこともできずに、少女はここにいた。死んだことだって最初は受け入れられなかったものの、誰とも話せず、自分がそこにいることさえも気付かれない。それでも花を供えてくれる人たちがいて、徐々に自分の死を受け入れていった。自分が死んでも忘れずにいてくれる人たちがいると、嬉しくもあった」

彼女、小百合はオレより年下なのに、大人だ。
オレならそんなの受け入れられない。
いきなり事故に遭って、死んで、確かに自分はそこにいるのに誰にも自分のことを認識してもらえないなんて、そんなの、オレなら耐えられない。

「だがそれも、月を重ねるごとに減っていった。前は花が枯れる前に、新しい花を供えてくれていた者も来なくなった。忙しいんだろうと、いつまでも死んだ人間に付き合ってられるわけじゃない、だってみんな生きているからと思っても、寂しさは消えなかった。自分の存在も、中途半端なまま、消えずにここに残った」

それは、どれだけ辛いことだろう。
ただでさえ誰にも認識してもらえないのに、それでもここに来てくれている人たちの姿を見て、その辛さを誤魔化していたんだろう。
なのに、その辛さが人が来なくなることに比例して肥大化した。
いっそここから離れられれば、成仏といったことができれば、小百合は楽だっただろう。
それでも、ここを離れる術を小百合は知らなかった。分からなかった。だから、ここにい続けた。

「ここを通る人間を、少女は見ていた、いや、眺めていた。誰かが気付いてくれるのではという淡い希望をもって。――――――そして、少年、君が現れた」
「お、れが……?」
「自転車をひきながら坂を上ってきた君と、少女は目が合った。偶々だと思った、偶然だと。そんなことは、何度もあった。でも、少年は他の人とは違った。少女に会釈をした。――――――今まで自分の存在を認識してもらえなかった少女にとって、それはどれだけの救いだっただろうね。それから、少女は君になら自分が見えるのではと思い、気付いて欲しい一心でいた」

そういうこと、だったのか。
でも、小百合とオレとの間では、若干の認識の違いがある。

「……オレ、確かに、あの時視線を感じたから、何となく会釈した、けど」

その事を言うのに戸惑いがないわけじゃない。
小百合を傷つける。
でも、だからと言って嘘をついてもすぐにばれること。

「小百合、ちゃんのことは、視えなかったし、認識も、してなかった……」
"……分かってた。彼に私が視えてないことぐらい。でも、いつかは気付いてくれる気がして……。だから、最初はいつか気付いてくれるかもしれないって、そう思ってただけだったの。でも、友達と一緒にいて、笑ってる彼を見て、私も彼と話してみたいって思うようになって。傍にいるだけじゃ気付いてもらえない。だから私は、彼に話しかけてたの"
「それでも、小百合少女は諦め切れなかったらしい。友達と明るく過ごす君を見て、話したくなった。そう言っている。……今まで君の身に起こっていたことは、彼女が原因だ。自分の存在に気付いて欲しい、その気持ちが強すぎて、いわゆるポルターガイスト現象を引き起こした」
"ごめんなさい。あなたを傷つけたかったわけじゃないの。ただ、気付いてほしくて……、誰かに知ってもらいたくて……。私は、ここにいるって"
「……ごめんなさいって、今までのこと。自分がここにいることを、知ってもらいたかったんだ、君に」

悪くない。彼女はちっとも悪くない。
寂しいと思うのは当たり前だ。自分のことを、誰かに認めてもらいたいと思うのも。
オレは首を振った。

「謝る必要なんて、ないよ。君のことも分かったし、悪気もなかったんだし」
"ッ、"
「それに……、ほら、オレ、結局怪我とかしてないしさ!……だから、大丈夫だよ」
"あ、ありが、とう……ッ!"
「あ~あ、少年が少女泣かした~」
「え!?泣いてるの!?何で!?」
「ありがとう、だって」
「え」
「うれし泣き、ってやつだよ」

女性は、目を細めて空を見つめていた。
その表情は、とても優しかった。


*          *          *


その後、近くの公園へ移動し、女性を介してオレと小百合は色々な事を話した。
お互いの学校のこととか、好きなものとか。
そして、もうすっかり夕暮れが街を覆い始めた頃。

「――――――さて、そろそろ逝こうか、小百合少女」
「え」
"え"

『逝こう』って、やっぱり『あの世』ってやつのことだろうか?

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!!別にそんな急がなくても……!それに、別に彼女は悪霊とか、そんな悪い感じのものじゃないでしょ?だったらこのままここにいても……!」
"……"
「確かに小百合少女はポルターガイストを引き起こしたとはいえ、悪霊の類じゃないよ」
「なら……!」
「しかし少年、君に少女は視えない。君だけじゃない、他の人にも」
「ッ……!」
「このままにしておくということは、結局彼女に同じことをさせ、同じ想いをさせるということ。それに私だって、君たちに付きっ切りで通訳をやってられるわけではないんだよ」

わかっている、そんなこと。でも……

「せっかく、仲良くなれたのに……」
"私も、彼と別れたくない、です。彼にもう会えなくなるのは、怖い"
「………」

重たい沈黙が覆う。
それを破ったのは、

「袖振り合うも多生の縁」
「……え」

紅い瞳を持つ女性だった。

                             えにし
「君たちの気持ちは痛いほど分かるよ。……でも大丈夫。君たちの縁は確かに繋がった。少女が生まれ変わればまた会えるだろう」
「え、にし……?そんなものが、何だって……。それに生まれ変わるなんて保障、どこにもないじゃないか。あの世に逝っちゃったら、もう、会えない……」
「少年は信じていないのかい?輪廻転生を」
「信じられるわけないじゃん!!」
「おや、あの世と言う存在は信じるのにかい?」
「……ッ」
「少女も、信じられない?」
"私も、ちょと、信じられない、です……"

小百合は何て答えたんだろう。
オレに彼女の声は聞こえないが、女性の様子からしてオレと同じ答えらしい。

「確かに、科学的な証明はない。けどね、輪廻転生をしたという人間はいるのも事実なんだよ」
「……輪廻転生があったとして、小百合さんはできるのか?できたとして、会えるのか?」
「輪廻転生を全員が全員できるとは限らないだろうね、それこそわからない、だよ。でも、さっきも言ったでしょ。<袖振り合うも多生の縁>って。君たちの縁は今回のことで、袖が触れ合うなんて可愛いもんじゃなく、もっと深いところで繋がった。縁っていうのはね、引き合うものなんだよ。深ければ深いほど、強く引き合う。人はこれを<運命>と呼ぶ。君たち二人が会いたいと願えば、その力も増す。人の願いというのも、なかなかどうして、馬鹿には出来ない力を持っているものなんだよ」
"でも、強く引き合うなら、私が彼を引っ張ってしまうこともあるんじゃないですか?"
「小百合少女がね、少年の方をあの世に引っ張ってしまうんじゃないかって気にしてる。確かにあり得る事だ。老夫婦の片方が亡くなって、後を追うように亡くなってしまうのがその例だよ。でもね、だからこそ――――――」

女性はオレを見た。真っ直ぐな瞳で。

「少年、君が小百合少女を引っ張ってやれ。もう一度会えるように。この世界に導いてあげるんだ」
「オレが……?」
「そう。逆に言うと、君にしかできないんだよ。少年が一番、可能性を持っている」
「……」
"……"

本当に、できるんだろうか、オレに。
特別な力を持っているわけでもない、オレに。
それに、女性が言うように、オレたちの縁というものは本当に深く繋がったんだろうか?

"……私、逝きます"
「……そうか」
「え?」

オレがそんなことをぐるぐると考えていると、女性が答えた。
おそらく、小百合が何か言ったのだろう。

「小百合さん、何て」
「彼女は逝くことに決めたそうだ」
「逝くって……」
"確かにまだ怖いけど、信じたいから。彼との縁を……。酷いことした私と、仲良くなったって言ってくれた、彼との縁を"
「まだ怖いけど、信じたいから、だそうだ」
「信じる?」
「少年、君との縁を、だよ。酷いことをした少女と、仲良くなったって言ってくれた、君との縁を。彼女は信じているんだよ」

『信じる』……?こんな確証も何もない、謎の女性が言うことを、何の力もないオレのことを、オレとの縁を信じるっていうのか?
そんなこと、信じられるのか?

"……それに"
「それに、」

"貴方と生きて会って"
「貴方と生きて会って」

"お話ししたいって想うから"
「お話ししたいって想うから」

信じられる、のか?
そんなの、わからない。
わからない、けど――――――

「オレも信じたい!!小百合にまた会えるって!!オレも生きてる小百合と会って、また色々話したいって想う!!」
"……ッぁ"
「……少年、小百合少女が旅立つよ」

今まで視えなかったものが、急に視えるわけでもなく。
そこで、今まで視たことがなかった世界で何が起こっているのか、オレにはかわからなかった。
でも、

"ありがとう"

その時だけは、オレにも視えた。
小百合が涙を流しながら、穏やかに笑っている顔が。
オレにも聞こえた。
小百合の言葉が。

    かわもりゆうと
「オレ、河守 優翔!!待ってるから、いつまでも、絶対待ってるから!!だから、絶対また会おう!!」
"……!うん、絶対会いに行くね。約束だよ?優翔くん。忘れないでね"

「絶対、忘れない……。約束だ」

視えたと思った小百合の姿も、聞こえたと思った小百合の声も、オレにはもう、視えなかったし、聞こえなかった。

オレの隣にいる女性も、きっと同じだと思う。
黙って空を見つめていた彼女は、ゆっくりと瞳を閉じ、そのまま空を見続けていた。
それはきっと、小百合への黙祷だったのだろう。

オレには黙祷をする余裕とかはなく、ただ小百合が視えたところを見つめ、涙を流すことしかできなかった。


*          *          *


「すっかり遅くなってしまったね。ご両親に怒られないかい?付いて行って一緒に謝ろうか?」
「いいですよ、そんなん別に。適当に言って誤魔化します」
「そう?」
「はい」

オレはそう返事をして、空を見上げた。
日はすっかり沈み、辺りは闇に包まれ、空には星が瞬いていた。
オレもようやく落ち着いて、すっかり穏やかな気持ちになっていた。

「何か、不思議な気分です。でも、不思議と哀しくないんです。また会えるって想ってるから、ですかね」
「君がそう思うなら、そうなんだよ。そして、小百合少女も」
「約束、しましたから」
「約束、か」

女性はそれだけ呟くと、くるりと俺に背を見せた。

「久しぶりにいいもの見せてもらったよ」
「もう行くんですか?『俺たちに付きっ切りで通訳をやってられるわけじゃない』ってことは、ここら辺には住んでないんですよね?これからどこに行くんですか?」
「君は結構聡明だな。……ああ、私は旅をしているんだ」
「旅?」
「そ。……ちょっと、人探しをね。だから次の行き先は、特に決めてないんだ。風の向くまま気の向くまま、ってやつさ。――――――それじゃ、気をつけて帰るんだよ。優翔少年」

背を向けたまま手を振って歩いていく女性。
初めてオレの名前を呼んでくれた。
あ、名前。

「あの!名前!教えてください」

ピタリと歩みを止めて、

  えにし
「……縁」

そう呟くと、顔だけこちらに振り返った。

 とこしなえにし
「永遠 縁。それが私の名前だよ」

え、にし……。

「――――――また、いつか、会えますか……?」
「私と優翔少年の縁もまた深く繋がった。後はその縁次第だ」
「オレは会えるって想ってます、縁さんと」
「そう。じゃあ、その時を楽しみしてるよ」

そして、縁さんは歩みを再開した。

「それじゃあ、また!旅、気をつけてください!……縁さん、ありがとうございました!!」
「また会おう、優翔少年」

オレはコートを翻して去っていく、縁さんの後姿が見えなくなるまでその場を動くことはなかった。


*          *          *


「おはよう、小百合。今日も行ってくるよ。めんどくさいけど」

俺は百合の花束を、そっと木の幹に置いた。

「お前、毎日ここで手合わせてから学校行くよな。……知り合い?」
「ああ、高校のときにできた友達」

あれから3年が経ち、俺は大学生になった。
俺はあの日からずっと、毎日一度は必ず小百合と初めて会った、そして小百合が旅立っていったこの場所に来ている。
花束は、毎日ではないが、枯れそうになったら新しい花束を持ってくる。

「……そっか。でも、なんで百合の花なんだよ」
「その子が好きな花だったんだ。名前に入ってる花だからって」

これは小百合に聞いた話。
だから俺はここに供えるのは百合の花と決めている。
それが、小百合がここにいたという、確かな証になるような気がして。

「お、もうこんな時間。優翔、そろそろ行かねーと」
「ああ、そうだな」

俺は、友人に促され立ち上がった。
学校へと向かうため、友人と並んで坂を下る。

「あー、めんどくさい。あいつの授業つっまんねーもんよー」
「そういうお前は、いつも寝てんだろ?」
「うっ!!痛いところを突きやがったな……!」
「ははは」

そのとき、

「きゃっ」
「……っわと」
「ん?」

後ろから軽い衝撃を受けた。
振り返ってみると、小さな女の子が尻餅をついている。
どうやらこの子がぶつかってきたらしい。
向こうでお母さんらしき女性が慌てているのを、視界の隅に捉えた。

「大丈夫?」

俺は女の子を立ち上がらせた。

「ごめんなさい。ぶつかっちゃった」
「坂道走ってきたら危ないよ、お嬢ちゃん」
「お前、その言い方なんかおじさんっぽい」
「な、なにを~!!」

ブーブーと文句を言う友人を適当にあしらい、しゃがんで少女と目線を合わせる。
すると、何だか変な感覚に襲われた。
なんだろう、この感覚は。

「……怪我してない?」
「うん。あのね、なんかね、お兄ちゃんのこと、私見たことがある気がして追いかけてきたの」
「どこかで会った、かな?」
「すみません!!」

さっき慌てていたお母さんが俺たちのところに辿り着いた。

「この子、遊んでいたら行き成り走り出してしまって……。お怪我はありませんか?」
「はい、俺は大丈夫なんで、気にしないでください」
     ゆりえ
「ほら、百合雅!ちゃんとお兄さんにごめんなさいしたの?」
「百合、雅……?」
「したよ。ね、お兄ちゃん!!」
「う、うん」

まさか、この子は……。
いや、ただ少し名前が似てるだけかもしれない。
でも、さっき感じたのは、もしかしてこの子が……。

「百合雅ちゃん、っていうんだ」
「うん!お兄ちゃんのお名前は?」
「俺は、河守――――――」
「ゆーと、」
「え」
「ゆーと、お兄ちゃん、って言うの?」
「………」
「おい、優翔、お前この子と知り合いだったのか?」
「百合雅、このお兄ちゃんと知り合いなの?」

友人と百合雅のお母さんが同時に俺たちに訊ねたが、俺にそれに答える余裕はなかった。
間違いない、この子は――――――

「……間違ってた?」
「……ううん、間違ってない。俺は優翔っていうんだ」
「やっぱり!そんな気がしたの」

にっこりと笑う百合雅の笑顔は、小百合の笑顔と重なった。

「ちょ、百合雅!」

百合雅のお母さんが、焦ったように百合雅の肩を掴んだ。
当たり前か。知らない間に、知らない人間の名前を知ってるんだから。
親としては当然の反応だ。

「俺たち、友達なんですよ」
「お兄ちゃん……」
「え、そうなの?」

呆然としていた友人が驚いたように見てくる。が、無視。
不安そうに俺を見つめる百合雅に笑いかける。

「俺たち、友達だもんな」
「!うん!私、ゆーとお兄ちゃんのお友達なの!!」

ぱあっという効果音が付きそうなぐらいの笑顔になった。
それでも、お母さんは納得行かないような顔をしている。

「以前に、そこの公園でちょっと話したことがあって」
「あら、そうだったの」

百合雅が出てきた公園を指してそう言った。
どうやら、あの公園にはよく遊びに来るらしい。
それで納得してくれた。

「おい、優翔!電車乗り遅れるぞ!!」
「あ、ヤバ」
「ゆーとお兄ちゃん」

立ち上がろうとしたら、袖を引かれ、その主に再び目線を合わせる。

「何?」
「また今度、遊んでくれる?」
「うん。色々話したりしようね」
「ほんとう!?じゃあ、約束ね」

差し出された小さな小指。

「うん、約束」

その小さな指に自分の小指を絡めた。

「それじゃ」
「うん、いってらっしゃい!ゆーとお兄ちゃん!」
「いってきます」

百合雅に手を振られながら、俺は友人と共に学校へと歩き出した。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



こんばんは、渡月です。
今回は、シリアス長編小説モドキに挑戦してみました。


と言っても、これ書き始めたの去年なんですけどね。←


この話は、学校の帰り道、街路樹の根元に花束が供えられているのを見て、
それをモチーフにして書き始めました。
実は、季節設定は秋だったりします。
この話を考えたのが、秋だったためという単純な理由からですが……。
なので、設定としては、小百合が亡くなったのは3月ごろとなってます。


河守優翔少年は、どこにでもいる少年。
小百合少女は、どこにでもいる少女だった。
永遠縁は、どこにでもいない不思議な女性。

これだけは忘れないように気をつけました。
一番難しかったのは、優翔です。
幽霊の存在を知って驚いて、自分の身に起こっていることがわからなくて動揺して、
子どもっぽい感じ、っていうのかな?そういう感じを出したかったんです、ハイ。

小百合は逆に書きやすかったかもしれません。
自分が死んでしまっていることを受け入れている分、悟りを開いているというか、
子どもらしさが抜けているというか。
生前から大人しくて、大人っぽいところはあったと思いますから、
そこも手伝っていると思われます。

縁は、どちらとも言えないですね;
取り敢えず、不思議感だけは出そうと頑張りました(笑)


タイトルの方なんですが、
「永遠」を「えいえん」と読むのか「とわ」と読むのか、
「縁」を「えん」と読むのか「えにし」と読むのか、
敢えてルビはふりませんでした。

この話を読んでいただいて、どっちの読み方をそれぞれするのか、
感じ取っていただければいいかな~と。
断じて、めんどくさくて丸投げしたわけではないです……!!
一応、僕の中では決まってます。


本当は、この1話限りにしようかと思ってたんですが、
続編を書こうかどうか、ちょっと考え中です。
だって、長いんだもん、話が←
でも続編にしてもいいように、ちょっとした伏線は張っておいたつもり、です。
書いたときは、お付き合い頂けると幸いです。



それでは、長い本編に引き続き、ここまで読んでくださってありがとうございました。
またのお越しをお待ちしております。
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