月灯りの下
闇の世界に差し込む光を追い求めて
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生きることと遺すこと
「何かを遺さないとさ、生きてる意味がないっていうか、生きてるんだから、その証拠を残したいじゃん」
誰かがそう言った。俺は『ふーん』と流した。
だって俺は、そうは思わなかったから。
誰かがそう言った。俺は『ふーん』と流した。
だって俺は、そうは思わなかったから。
「騎暖ー?」
屋上の扉を開け、探し人の名前を呼ぶが返事はない。靴はあったから、学校に来てはいるのは間違いない。一応日陰も覗いてみたが、やっぱりいない。
「それにしても、暑いな~」
まだ7月なのにすっかり暑くなってしまった。この小さな四角い世界も例外ではない。太陽に近い分、暑さも増している。8月9月はどうなることやら。
「流石にここにはいれないか」
こんなところにいたら死んでしまう。
探し人である黒宮騎暖は、ここが一番のお気に入りだが、用意周到に避暑地はちゃんといくつか用意されている。
僕は騎暖を探すという任務遂行のため、まずは図書館に向かった。
かりや
図書室の司書である雁谷さんは、先生の中では数少ない騎暖の理解者だ。そのせいか騎暖も懐いており、図書館で暇を過ごしていることもある。
「おはようございます」
「あら、時崎くん。おはよう」
パソコンに向かっていた女の人が、こちらに笑顔を向けた。
「あ、雁谷さん。騎暖、来てませんか?」
「騎暖ちゃんなら、本を返しに……」
* * *
「あら、騎暖ちゃん。おはよう」
『おはようございます』
「今日も暑いわね。ここ、使う?」
『いや、今日はこの本を返しに。ちょっと行くところがあるから……』
「そう。いつでも来てね。お菓子用意して待ってるから」
『お菓子……、ありがとう、雁谷さん。また来るよ』
* * *
お菓子に釣られそうになるなんて……こういうところが可愛いと思う。それにしても、
「入れ違いか~」
「時崎くんも大変ね」
「ほんとですよ。先生が探してくれればいいのに……」
クスクスと笑う雁谷さんは、僕にとっても理解者だ。……苦労の。
「それじゃあ、そろそろ失礼しますね」
「頑張ってね」
「ありがとうございます」
そうして僕は図書館を後にした。
「あとは、あそこか……」
選択肢として残されたのは、僕があまり好きじゃない場所だったりする。
「じゃあ姫の意見を俺は聞きたいな~」
『姫言うな。気持ち悪ィ』
「泣いていい?俺、いい年して泣いちゃうよ?」
『勝手に泣いてろ』
俺はベットに俯せに寝転びながら現国の教科書をペラペラ、この部屋の主とカーテン越しに会話をしていた。
「で?姫の見解は?」
『くどい。泣くんじゃなかったのか?あんた』
「くっ……、ドSめ」
『誰が』
「姫が。……で?誰が言ってたの、そんな哲学的なこと。まさか、王子?」
『誰が誰の王子だ!やめろ、その組み合わせ!』
思わず上体を起こし、怒鳴る。カーテン越しだが、喉でクツクツと笑っているのが判る。
くそっ、からかいやがって!!それが人にものを訊く態度か!?
……俺から話しかけたけどさ。専門家?の意見に興味があったし。
「まあまあ。……で、誰よ?」
このままじゃ埒が開かない。俺は憤りを腹に納めつつ、起こしていた上体をベットに勢いよく戻し、枕を抱き込んだ。
『忘れた。少なくともアイツじゃない』
「姫ってホント男らしいね。男は映画の内容は覚えてるけど、一緒に誰と見たかは覚えてない。女はその逆ね」
『うっせー。そういうのは万人に当て嵌まると思うなよ』
「そりゃごもっとも。……まあ、それは置いといてさ。そろそろ教えてくんね?黒宮ちゃんの見解」
『……俺は、何も残らないし、遺せないのが人生だと思う』
「何で?」
『だって、俺が死んだら、俺自身はこの世から消えるんだ。その後に遺ったものは事象に過ぎないし、死んだ俺にはそれがどうなろうが関係ない。だって死んでんだから、そこに居たとしても、俺の意志は伝わらない。死んだ人間の何かを残すのは、あくまで生きている人間の方だ』
「なるほどね。姫って幽霊信じてるんだ。意外」
『そこかよ、食いつくの。……まあ、視えるものは仕方がないからな』
「ヘェ、姫も幽霊が視えるのか。しかし、姫のは説得力あると思うなー、俺は」
ふんふんと頷いているようだ。
……何か納得されると恥ずかしい気がしてきた。
というか、俺"も"?
『俺としては、アンタの意見が気になるんだけど。一応、専門家なんだろ?それにアンタも視えるの?』
「姫、勘違いしてない?俺、哲学の専門家じゃないんですけど?ちなみに俺は全くそういったのとは無縁。俺じゃなくて妹?みたいな存在がね、視えちゃうんだよ」
『へぇ、そうなんだ。アンタの妹なんて大変だ。てか、どっちも似たようなもんじゃん』
「どこが?」
『胡散臭いところ』
そんな決まりきったこと、即答してやった。
「……姫ってさ、そんなに俺のこと嫌い?俺のこと虐めて楽しい?」
『嫌いに近い苦手。虐めるのは……、まあ愉しいよ』
「このドS!!」
おーいおいおいおいっ
という、何とも時代錯誤な泣き声、らしきものが聞こえる。
……正直、面倒臭い。
『で?アンタの意見は?』
「あ、泣かした割には放置なのね。そのうち本気で泣くぞコラ。
……俺は、そうだな、何かを遺さないと生きてる意味がないっていうのは言い過ぎだとは思うね。何かを遺せる人生もあるし、何も遺せない人生もある。だからといって、どっちが正しくて、どっちが間違ってるとかはない。遺せたらいいね、っていう程度が丁度いいよ」
『何か汚い……』
「何を言う!どっちつかずっていうのは逃げじゃない。立派な立ち位置さ」
『……チッ』
「何故に舌打ち……?」
微妙でどっちつかずの答えに苛立って、ふて寝しようと決め込んだ。そう思うと、何だか睡魔が襲ってきた。
ああ、そっか。昨日は本を読むのに夢中になって睡眠時間足りてないんだ。
落ち行く意識でそんなことを思った。
つい最近、新しい先生が来た。新年度でもないのに。期間限定で。
しかも教員としてではなく、医者として。
なんでも精神科医の先生で、生徒たちのお悩み相談的なことをやってくれるとか。一応この学校にも相談室はあるが、暇潰しで使う生徒の方が多いと認識している。リラックスできるようにと、色々置いてあるからだと思う。
その部屋とは異なり、今向かっている部屋は保健室に近い風貌だ。何故かベットまで置いてある。
しかし、精神科医という肩書のせいか、暇潰し目的の人間は近付かなかった。
騎暖以外は。
「失礼します」
ノックをすると中から返事がしたので、お決まりな言葉を吐いてから扉を開ける。
「おー、王子。いらっしゃい」
よく医者が座っているような回転椅子を回して、こちらに向く。
ヘラリと笑う男が、そこにいた。
なつくさ
「……その呼び方止めてください、夏草シチミ先生」
ななみ
「その呼び方止めてください、七味だからね七味」
この精神科医・夏草七味先生は、国が経営している大学病院の精神科医も掛け持ちでここに来ている。
なんでそんなことをしているのか、学校が難しい年頃の生徒たちのために頼んだらしい。だがその一方で、先生たちが何気に手を焼いている黒宮騎暖を診てもらうために呼んだ、という噂も流れていたりする。
噂に踊らされる質ではないが、騎暖が絡んでくると話は別だ。生徒一人のために呼んだとは思えないが、気になるものは仕方がない。
「そんなことより、騎暖、来てませんか」
「あー、はいはい。来てますよー」
そう言うと、再び椅子を動かし、カーテンが閉められているスペースへと向く。
「姫ー、お迎えだよー」
「………」
いることにはいらしいが、返事がない。寝てるのかな?
夏草先生は「開けるぞー」と言って、少しだけカーテンを開けた。
「おーい、姫?王子が迎えに――――――」
『だァからその呼び方は止めろっつてんだろ、このヤブ医者がァ!』
言葉と同時に枕が先生の顔面に叩き付けられた。柔らかい枕だが騎暖が容赦なく間違った使用方をしたせいか、先生は顔面を押さえて悶えている。
「ちょ、痛ッ!マジ泣く……!」
騎暖はそんなことお構いなしで、現国の教科書を持って姿を現した。
そんな騎暖に、僕は笑顔を向ける。
「おはよう、騎暖」
『ああ、おはよう』
「まったく。屋上が暑いのは判るけど、何でこんな胡散臭い人のところにいるのさ」
『ちょっと野暮用。それに、確かに胡散臭いけど、ここが一番人が来る可能性が低いんだ。図書室は先生が来る可能性があるし、ここにはベットも冷房もあるし……』
「ちょっと待った。君たち二人の俺の認識は、胡散臭い人で纏まってるの?」
「だって他にないでしょ、言い様が」
「君って紳士なのに辛辣だよね、ほんと」
「胡散臭い人に言われたくないです」
ぎゃあぎゃあと文句を言ってくる先生に応戦する。
騎暖は部屋が気に入っていると言っていたけど、この先生も雁谷さん程じゃないにしろ、気に入っているのは事実だ。じゃなきゃ、いくら場所がよくても騎暖なら来ない。その事実がなんか嫌だった。こんなにも胡散臭いのに。
そんな僕たちの様子を見ていた騎暖がぽつり。
『――――――まあ、俺にとっては二人とも似た者同士だけど』
「え、似てる?俺達」
「ちょっと騎暖!止めてよそんなの!僕のどこが胡散臭いんだよ!」
あまりの衝撃に騎暖に噛み付いた。
『落ち着け。別に胡散臭いところが似てるなんて言ってないだろ』
「じゃあどこが似てるって言うのさ!」
『言わない。……ほら、どうせ先生に探してくるよう頼まれたんだろ?なら行くぞ』
「ちょっと!」
扉を開けて出て行こうとする騎暖の後を慌てて追う。
「時崎くん」
先生に呼び止められ振り返る。椅子の肘置きに頬杖を付いて、こちらを見ている先生は、こう言った。
「ちょっと訊きたいんだけどさ。"何かを遺さないと、生きてる意味がない"っていうの、どう思う?」
「何ですか、一体。薮から棒に」
「ちょっと、気になってね。黒宮ちゃんにも訊いたから、もう一人訊いとこいかと」
「そうですね……」
ちらりと騎暖を見ると、騎暖も様子を窺うようにこちらを見ている。
騎暖の言ってた野暮用って、これかな?騎暖の答えにも興味があるが、きっと教えてはくれないだろう。
「僕は、何か遺るのが人生じゃないのかなって思いますけど」
『何で?死んだら何も遺らない』
騎暖の厳しい一言が飛ぶ。どうやらこれが野暮用で合っていたようだ。
「だって、一緒にいれば、何かしらの影響を与えるでしょ?僕がそんな影響力があるとは思えないけど、生きていたってことを、誰かが記憶や何かに刻んでいてくれたなら、それはもう十分過ぎるほど遺してるって言えるよ。うん」
『でも、人間は忘れる生き物だ。死んだ人間の存在だって例外じゃない』
「そりゃあ、僕の存在は忘れるかもしれない。でも、誰かがそう言ってたとか、そういう考え方もあったなとか、ああ言われたとか、色々あるけど、覚えたことは忘れても、刻まれたことは忘れないよ」
「今の姫みたいにな」
『うるさい、似非専門家』
「え、酷くない?」
たくと
『行くぞ、拓人』
「え、ちょっと!姫!?」
「うん。……じゃあ先生、失礼します」
「王子までスルー!?待てって!泣くぞー!俺は泣くぞ!!いいのか!?」
『勝手にしてろ』
「勝手にしてください」
そうして僕たちは、胡散臭い人物がいる部屋を後にした。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
こんばんは、渡月です。
今回は『モノクロ世界彩るセカイ』をアップしました。
新キャラというか、先生を2人出しました。
図書室の司書さん・雁屋さんと、精神科医・夏草シチミではなく七味。
雁屋さんの方は今後出番があるか未定ですが、
シチミの方はチョロチョロと出す場面を考えていたりします。
実は彼、僕が考えている違う話に出てくるキャラで、伏線的に出してみました。
でもその話、『夜を彷徨う血濡れのアリス』と微妙な内容の被りを見せるので、
『アリス』が終わったら始めようかな~と思ってます。
書くスピードがものっそい遅いのに、これ以上話を増やしてもアレかと思いまして……。
伏線張ったはいいが、何時になることやらorz
下に伏線的おまけ話を付けておきました。
興味のある方、見てやってってもいいかという方は、是非見ていってやってください。
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました!
またのお越しをお待ちしております。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「まったく、ませガキたちめ……。しっかし、個性がよく判るこって」
一人になった部屋に電子音が響く。体を戻して、机に手を伸ばし、鳴り響く携帯を手に取った。
「はい、夏草です」
《……俺》
こうや
「ああ、。おはよ、荒夜……って、おはようっていう時間でもないけど」
窓の外は、もう赤く染まりつつあった。
《……あんた、まだ何とかっていう学校にいんの?》
「そ」
《獲物は、いた?》
「いや、獲物じゃなくて患者ね、クランケ。君はほんと物騒過ぎ。
……いなかったよ。可能性があるっていわれていた子も、入院歴はないって言うことだったから、クランケにはなりえないだろうね。
ま、精神的なケアはいりそうだけど、問題ないでしょ、あの子たちなら」
あの二人の姿を思い起こす。
彼女には彼がいるから大丈夫。そうはっきりと言える。
《チッ、つまんねェの。俺、期待してたのに……同い年の獲物ってやつ》
「変なとこで期待しない!……で、どうかした?」
《ん?ああ、仕事が入ったからさ、俺が一人で行ってもいいのかなって》
「……仕事、入ったの?」
《うん。でも後から文句言われないように報告しただけで、俺一人でも大丈――――――》
「いや、すぐ戻るから待ってろ」
《え~》
「え~、じゃありません!!俺はお前たちの担当医なんだから、当たり前だろ?」
《チッ……30分ぐらいあればいいだろ。それ越えたら一人で行く》
「は?ちょっと無理……ッ」
《じゃあな》
「ちょっと待って荒夜!」
《……なんだよ》
「ちょっと訊きたいんだけどさ。"何かを遺さないと、生きてる意味がない"っていうの、どう思う?」
何度目かになる問いを、電話越しにいる相手に投げかけた。
《は?何それ。なぞなぞ?》
「違うよ、哲学の問題、かな」
《なんだそれ。訳判んね。人は何かを遺すために生きるんじゃない、生きるために生きてんだ。そして死んでいく。ただ、それだけだ》
そうだろ?という電話の相手の答えに頬を緩めた。
ほんと、個性が出るねェ。
「まったく、荒夜らしい答えだよ」
《……じゃ、そういうことで。今から30分な》
「あ、オイ!」
スタート、と言い残し、電話は切れた。
「おいおい、マジかよ……!!」
精神科医は鬼の要求に応えるべく、急いで片付けを済まし、カウンセリング室を後にした。
――――――It continues to a new story...
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